第十二章
遼が意を決して携帯を取り出すと、ディスプレイには裕美という文字が表示されていた。ひとまずホッとした遼はボタンを押し、電話に出た。
「もしもし……」
「ちょっと遼、何やってんの? 早く来ないと遅刻になっちゃうよ。今どこにいるの?」
電話からは裕美の元気のいい声が聞こえてくる。普段ならばその元気につられるように沈んでいる時も元気が涌いてくる遼だったが、さすがに今回は深刻すぎたようだ。
「あぁ、もうそんな時間か。はぁ……」
思わずため息まで漏らしてしまう遼。
「ちょっと、どうしたの? 体調悪いの?」
そしてそんな様子を裕美は見逃さない。顔が見えなくてもしっかりと察してくれることに遼は嬉しさを感じたが、今回は事態が事態なだけに気づかないで欲しかった。
「あ、いや大丈夫だから。だけど今日はちょっと学校行けないかも……」
ここで、「大丈夫だから今から行く」などと嘘をついても同じクラスなのだからすぐバレると思った遼はそう話した。しかしその一言は余計に裕美の不安に拍車をかけてしまった。
「学校行けないかもって、ホントに大丈夫なの!? そんなに体調悪いの?」
突然声のトーンが上がり始めた裕美の様子に遼はしくじったと思った。こうなってしまったら面倒見のいい裕美は絶対に家に見舞いにやってくる。そうすると玄関先にいる景子と鉢合わせてしまう。それは絶対に避けなければならない。
「だ、大丈夫だから。今日ゆっくり休めば大丈夫だから。そんなに心配しなくっても大丈夫だって」
必死になんとか裕美が家にやってくることがないように軽症をアピールする遼。最悪の事態を避けるために奮闘する彼はもうすっかり玄関の方への注意を怠ってしまっていた。そしてその間隙を突くようにドアの鍵が静かに開いた。
「うん、うん。大丈夫だから、な。もう切るよ、そんじゃ」
まだ鍵が開いてしまったことに気づいていない遼は必死に裕美をごまかしてようやく電話を切った。
――その刹那!
ドアが勢いよく開き、光が差し込む。それと同時に黒い影が素早く遼に襲い掛かる。意表を突かれた遼は抵抗する間もなく押し倒され、腹部に何か固い物を押し付けられた。遼がそれをスタンガンだと把握するのと同時にスタンガンは電撃を発し、遼は気絶してしまった。
「……。ごめんなさい遼さん。もう幸せになるためにはこうするしかないんです……」
気絶した遼を抱きしめ、景子は悲しそうに呟いた。
開け放たれたドアはゆっくりと戻り、徐々に二人の姿を外界から消してゆく。
そしてドアはついに閉まり、カチャリと寂しく物悲しい音を立てた。二人は完全に外界から姿を消した。