第一章
午前八時。多くの人間を輸送する電車はこの日も通勤、通学する人達でごった返していた。
大多数の人間はこの状況に苦痛を覚えているものの、周りの人間とは違い、にやけている男がいた。その男の前では俯いたまま身体を震わせている女子学生の姿があった。
(どうして朝からこんな目にあわなくちゃいけないの……?)
女子学生は不快な気分になっているものの、怖いのか声をだせないようである。
(誰か助けて……。こんなの嫌……)
女子学生は最早心の中でそう助けを呼ぶことしかできない。そう思っている間にも卑劣な痴漢の行為はエスカレートしていく。
「おいっ! お前、何をやってるんだ!」
あまりにエスカレートしすぎた痴漢の行為はとうとう周りに発見され、腕を捻りあげられていた。痴漢を捕まえている者は男子学生であった。まだ弱冠だというのに、犯罪者を捕まえるという勇気溢れる行動に周りからは拍手や感嘆の声が上がっていた。
次の駅で痴漢は駅員に連行され、事情を話すために女子学生と男子学生も下車していた。
そして諸々の事情を話すと、駅員は丹念にメモを取った後痴漢を連れていった。
「大丈夫か?」
突然の男子学生の声に女子学生は慌てたものの、助けてくれた恩人なので、お礼を言わなくてはと思ったのか、姿勢を整えて女子学生は男子学生の方を向いた。
「本当にありがとうございました。私、怖くて声も出せなくて……」
「俺も痴漢を捕まえるなんて初めてだったからちょっと勇気がいったかな。でも捕まえれてよかった」
「……私は花村学院2年の神原景子といいます。あの失礼ですけどお名前を聞いてもいいですか? 助けてくれたお礼をしたいんです……」
「俺は滝川学園2年の黒澤遼。だけど本当にお礼なんていいから。当たり前のことをしただけだし……」
「いいえ、そういうわけにはいきません。助けてもらったのにお礼もしないなんて……」
「いいからいいから。それよりも早く学校へ向かった方がいいよ。俺はもう電車を待つよりも走った方が速いから行くよ。」
「あっ。はい、そうですね。私はもうちょっとあるので電車で行きます」
「それじゃここでお別れだね。痴漢には気をつけてね。それじゃ」
そう言って走り去る遼の姿は景子にとって最早助けてくれた恩人にとどまらず特別な存在となっていた。