ep.02 あなたはだあれ?
冒険者ギルドは主要な都市の殆どに存在し、人々の生活を支えている。
少女剣士ミルは星影の森を抜けると、抱えていた銀血熊の素材をまずギルドの換金カウンターに持ち込んだ。
「——全部で金貨一枚と銀貨六枚ですね」
「ふおお……!」
ギルドの雇われ鑑定士が提示した額に、ミルは瞳を輝かせた。それだけあれば、少しサイズが合わなくなってきていた防具を買い替えることもできるし、大好きな揚げ芋の買い食いを我慢する必要もない。
軽い足取りで次に向かったのは、総合窓口だ。要件を告げると、ちょうどミル担当の受付嬢の手が空いていたようで、待ち時間もなくスムーズに個別の対応カウンターに通された。
「——はい、確かに。星見の花の花弁二十枚の納品、確認しました。お疲れ様です」
今回ミルが受けたクエストの内容は星見の花の花弁の納品。受付嬢は相場よりもほんの少しだけ多く貨幣が詰まった布袋をカウンターに置き、依頼書にクエスト完了の判子を押した。
ギルドは本来どの支部でも手続きできるが、ミルはいつも王都の本部を使っていた。担当の受付嬢には初心者の頃から様々な相談に乗ってもらっていたから、自然と足が向いてしまうのだ。
「それにしても、固定客がつく冒険者って珍しいですよ」
もう数年の付き合いになるミル担当の受付嬢アミラは、そう言って揶揄うように笑った。ミルもつられて目を細める。
——固定客。
「一体、誰なのかなあ。いつも私に指名依頼をくれる、この匿名の依頼人さん……」
数年前から、ミルは安定した生活を送れるようになった。それというのも、ミルを指名した依頼が定期的に舞い込むようになったからである。
それはいつも依頼人不明の匿名依頼で、内容は決まって素材の採取。とはいえ——ミルはまだBランクの、どこにでもいる剣士だ。そんなやつをわざわざ指名するんだから、同一人物だと考えた方が自然だろう。
「何か心当たりとかないんです?」
ギルドの上層部なら依頼主を把握している可能性はあるが、まだ受付嬢になって数年のアミラはそれを知らされていないらしい。だから、ミル同様に正体が気になっている様子だった。
「それが全然! ……魔法の素材が多いから、魔法使いの人かなあとは思ってるけど、魔法使いの知り合いなんていないですし……」
「結構、希少な素材の採取が多いですよね。ちょっとコツがいるタイプの……。ミルちゃんは上手に採取してくるからいつも感心してるんですよ」
「えへへ……」
「もしかして、匿名希望さんもその腕を見込んでのことなのかもしれませんね」
そんな雑談からの帰り道。
懐のあたたかいミルは、露店でホクホクの揚げ芋を買い食いしながら首を傾げた。
(でも、匿名さんからの依頼を受けるようになるまで、採取なんて全然したことなかったし……。どこで私が採取が得意だなんて知ったんだろう?)
考えたって謎は謎のままである。
そして、ミルはそれをそのまま放置する。
気になるけれど、好奇心が満たされる以外に詮索するメリットはない。
(まあいっか。……次は何を採取する依頼が来るかなあ)
——復習、しておかなきゃ。
ミルは仮住まいとして現在世話になっている安宿に帰宅する。
冒険者は、旅人と似たようなものだ。
星見の花が咲く森は王都の程近くだったため、ミルは今回は徒歩で向かったが、乗り合い馬車を乗り継いで数日をかけて採取地に赴くなんてことも珍しくはなかった。
いつ命を落とすかも分からぬ危険な仕事だが——完全前払い制の冒険者向けの宿なら、もしも何かがあったとしても問題はない。更新が止まれば、宿の方で残った荷物を処理してくれる。
帰宅したミルは、すぐに荷物を下ろし装備を解くと、簡素な木製テーブルに腰掛けた。
取り出したのはいつも大切に持ち歩いている一冊の手帳である。
分厚い黒い革の手帳だ。使い込まれ艶を帯び、たくさんの付箋が飛び出している様は、それなりの年季を窺わせた。
——何年も前のことだ。
まだミルが今より幼く、正式な冒険者になる前のこと。
危険域に指定された森に、好奇心から足を踏み入れ、迷子になったことがある。
秋の赤い森はいくら歩いても同じ光景にしか見えず、不安でどうしようもなかった。
変わり映えしない光景にある変化を見つけたあの時の喜びを、ミルは鮮明に思い出せる。
木々に生えたキノコが、輝いていた。
それまで彷徨った道とは明確に異なる、異変。でもミルにはその変化が救いに思えた。輝くキノコはまるで道を示すように、道なき道にぽつりぽつりと生えていた。
——その、先で。
ミルは黒衣の魔法使いと出会う。
結局名前も聞かせてはくれなかったが、しばらく行動を共にした。
その時に魔法使いから貰ったのが、この黒い革の手帳だった。
何度も読み返すうちにくたびれてしまったが、今でもあの森の記憶は鮮やかだ。実際に教えてくれた魔法使いの意外と優しい低い声が、手帳を開くと蘇る。中には希少な素材の採取方法や特徴、注意点や簡易的なスケッチなど、図書館で調べても分からないようなことすら、この手帳には書いてある。
なぜあの魔法使いがこの手帳をミルにくれたのかは分からない。
あれから何度かミルは不思議な魔法使いの姿を求めて懲りずに森に入ったが、二度と見つけられなかった。
ミルが素材の採取が得意なのは、すべてこの手帳のおかげだ。
(……匿名さんが、あの魔法使いさんだったりして……)
この手帳を読み込むのはミルの日課だ。
「……なんて、そんなの都合が良すぎるよね」
何も知らない少女は、癖の強い文字を優しい瞳で見つめながら、そんなもしもを考えて一人笑った。




