ep.15 ご褒美
「——つまりだね。中途半端な出来だった人型魔導器の術式を僕が完成させたんだよ」
「完成するとどうなるの?」
「まず、従来の人型魔導器というのは短命かつ自立した思考回路を持たない——」
「ご、ごめんね? 私とはっちゃんでも分かるように……なるべく短く……簡単に説明して欲しいな〜なんて思ったり……」
「————つまり。今のはっちゃんはミルちゃんと同じくらい長生きできるし、ブラスの支配から完全に脱している。僕が定期的にメンテナンスしてやればの話だが、まあ概ね人間とそう変わらないかな」
三人は今、とある草原の丘にいた。王都から少し離れた場所にあるここは、ミルのお気に入りの場所だった。
王都を望む風景に、一面の空。風がよく通る小高い丘に満ちる草の鳴る音は心地良いし、色とりどりの花が咲いている。風に泳ぐ草花が日の光を受けて輝くようだ。
いつもなら、途中まで乗合馬車に揺られ、ここまでのんびり歩いて向かう。ミルとしてもそういう〝冒険〟をしたいところではあったのだが、今回は道中よりもこの景色を優先した。
色々、込み入った話をしたかったのもある。
だから魔法使いに魔法で送り届けてもらい、草原で並び座っているわけだ。
八十四番——はっちゃんは、ミルを挟んで座る黒衣の魔法使いを興味深げに見つめていた。
「じゃあ、わたし、ミルと一緒に生きられる?」
「……そ……」
純粋な問いかけに頷きかけて、魔法使いは一瞬止まった。
「そ……う、だね。ミルちゃんが許すなら、そういう未来もあるだろう……」
ふたつ分の不思議そうな視線に耐えかねたか、彼はすぐに続きの言葉を口にした。それを聞き、パッと幼い顔が華やぐ。
「ミル」
名を呼ぶ声に込められた、期待、希望……のようなものに、ミルはあんまり慣れていない。むず痒いような気持ちになって、ミルは照れくさく笑った。
「そうだね。これから一緒にたくさん冒険しよう」
「うんっ。冒険する!」
——ミルは自分の一連の行動や決断が正しかったとは思っていない。だって、自分で上手くやれた部分が全然無い。実際には隣で黒衣を靡かせる魔法使いが全てを解決してくれただけだ。こんな有様で、一体何を肯定できるというのか。
ミルはただ、何がしたいかを問われ、望んだだけ。
望みを叶えてくれたのは、この魔法使いだ。
……でも、ここには楽しそうに笑ってくれるはっちゃんがいる。だから、正しくなくとも、かっこ悪くても、間違っていたと言うつもりもない。
今回の自分の行いを脳裏で振り返り——
「おじさん」
ミルは、顔を引き締めた。
何よりもまず伝えなければならないことを思い出したからだ。
「私のわがままを叶えてくれてありがとう」
「…………」
「今回のこと、ちゃんとお礼がしたくて……」
そうじゃなくても、この魔法使いはミルにとっての大恩人だ。しかも過去の件だってろくにお礼なんかできていない。四年前にミルを救ったときにも、彼は言葉以外を受け取らずに魔法でどこかへ消えてしまった。
……かといって、ミルが差し出せるものなんてろくにないのだけれど。
「何かお礼になるもの、あったかなぁ。お金なら、一応それなりに包めるんだけど……」
謝礼といえばやはり金だろう。もしくは、魔法の研究に使えそうな素材をミルが採取してくるという手もある。
ミルなりの考えを伝えたが、魔法使いは「ん〜……」と唸って、何やら気に入らなそうな様子だった。
「礼なんて僕は求めてないよ。金には困ってない。素材は——素材も、まあ、そうだね。とりあえずは困っていないし……」
「じゃあ他に何かないかな? 私にできることなら何だってするよ!」
「何でも——」
魔法使いは、ミルの言葉を拾い上げて固まった。
そのままいつまで経っても動かないから、ミルははっちゃんと顔を見合わせ、ふたり揃って首を傾げた。
「黒い人、どうしたの?」
四つん這いで草原の上を移動したはっちゃんが、魔法使いのローブをグイグイ引っ張る。それでようやく、彼はフリーズから立ち直ったみたいだった。
「……………………君たち、もう少しここで遊んで行くよね?」
たっぷりの間をあけて、彼はやけに慎重に妙な確認をしてくる。さっきの会話内容は丸無視されている訳だが——ミルたちは再び顔を見合わせ、とりあえず頷いた。
「うん。はっちゃんに花冠作ってあげようと思ってる」
「わたしも、ミルにお花の輪っか作ってもらう」
「よしよし。じゃあ、僕の目の届く範囲で遊んでなさいね。遠くに行っちゃいけないよ。僕はその間、ちょっと寝るから……」
「寝るの?」
「寝たらわたしたちのこと見えなくなっちゃうよ」
「大丈夫、大丈夫。僕はこう見えて目がいいんだ」
適当な返事をしつつ、魔法使いはごろんと自分の腕を枕に寝転んだ。
「お礼は、ミルちゃんが楽しく笑ってる声でいいから……」
「……何それ?」
「君の声がそばにあれば、きっと最高の夢が見られる。僕は、それだけでいい……」
「な、何それ……」
すでに魔法使いは半分ほど意識を手放しているようで、低いその声はどこか蕩け、甘さを含んでいた。……そのせいだろうか。ミルは妙に照れてしまって、顔が熱くなるのが分かった。
でも、これ以上の文句——もとい、疑問については口をつぐむ。
魔法使いはミルの反応なんてお構いなしにもう寝息を立てていたからだ。
「ミル、お熱ある?」
ひとり赤面するミルの顔を、はっちゃんが覗き込んでくる。
「な、ないよ。大丈夫。……あっちにお花が咲いてるから、見に行こう」
ミルが水を向けた瞬間、はっちゃんはもう駆け出していた。身体はもう何の問題もなさそうである。
——人型魔導器がどうとか、難しいことは分からない。博士の事情も、マリィの真意も、ミルは結局分からないままだ。この魔法使いはもしかして全てを承知しているのかもしれないけれど、きっとミルが尋ねても教えてくれないのだろう。そう、名前を尋ねたときと同じように。
でも、また当然のように会うことが許される程度の縁は……できただろうか?
それならいつか、彼が教えてくれないあれこれを聞ける機会があるかもしれない。
(はっちゃんについてはもっと詳しく聞きたかったけど、疲れてるみたいだし……起きてからでいいや)
空色の瞳が見下ろす先で、魔法使いは寝顔すら晒していない。黒いフードから覗くのは口許だけだ。むにゃむにゃと、何か楽しげに唇が動いている。……いい夢を見れているのだろうか。
………………今なら。
そのフードに隠れた素顔くらいは、簡単に暴けそうだ。
「おじさん。何かできることがあったら、いつでも言ってね」
口を動かしながら、ミルは少し身を屈めた。
……けれど、フードをめくるようなことはしない。隠したいのなら、無理に暴きたくはなかった。
代わりに顔を近づけ、耳が隠れていそうな場所に唇を寄せて。
「……私ね、おじさんのためなら何でもするって言ったの……本気、だからね」
囁くように本音を置いて。
ミルは最後、ふと思い立って風に揺れる黒い布地を優しく撫でてみた。頭の形に沿って手を上下させ——
「ミルー。早くー」
何度か繰り返すうちに幼い声に呼ばれ、ミルは静かに立ち上がった。
「おやすみ、おじさん。お疲れさま。……いい夢みてね」
柔らかく微笑み、ミルは軽やかに草原を駆けていく。
「〜〜〜〜っ」
——残された魔法使いは、ごろんと寝返りを打った。胎児のように膝を折って丸くなる。フードを破けそうなほど引っ張って、彼は口許すら隠さんとしているみたいだった。
「た、助けてくれ……僕は今日やっぱり死ぬのかもしれない……いくらなんでも見返りが大きすぎるだろ……」
動揺に震える声は、誰に聴かれることもなく風に乗って溶けた。




