ep.13 「あいしてる」
八十四番は夢をみる。
他の姉妹は眠ることができないみたいだが、八十四番だけは特別だ。
眠っている間は体の輪郭がぼやけて、心地よく水の中を揺蕩っているような感覚に包まれる。
そのとき、いつも決まって八十四番は夢をみるのだ。
『あのね、あのね。わたしの好きな人は、冒険者なの』
大好きなマリィ。八十四番とそっくりな色の瞳を輝かせて、いつも彼女は自分の話をしてくれた。
『転びそうになったところを助けてくれて。でも、中々腰に回した手を離してくれないの。じっとわたしの顔を見つめて……。流石に何なのかって尋ねたわ。そうしたら顔を真っ赤にしたのよ。……その人、なんて言ったと思う?』
『わかんない。〝大丈夫?〟って聞いた?』
『こんなに可憐な女性に会うのは初めてです、よければ名前を教えてくださいって!』
『かれんって何?』
『可愛くてきれいってこと!』
『それなら分かるよ。マリィのことだ』
『ふふふ……。なら、あなたもそうね。わたしの可憐なお友達』
八十四番はマリィと話すのが大好きだ。八十四番の中には、たくさん、たくさん、彼女との会話が詰まっている。
『わたしがこんな身体じゃなくて……パパも、あんなじゃなくて。そうしたら、わたしは冒険者になって、彼と一緒に素敵な冒険に出かけてたのよ』
『マリィは冒険したいの?』
『彼と一緒なら何だっていいけど、……ううん。冒険は、したいかも』
『……冒険って楽しい?』
『わかんない。でもきっと、ここにいるより楽しいに決まってる。昔から、家の中よりお外の方がずっと好きなの』
『じゃあ、お外いこ。わたしもマリィと冒険する』
『…………。もう歩けないから。代わりにあなたがお外を見て来てくれる?』
『わたしが?』
『うん。お外のこと、わたしに話して』
それから八十四番はお外に出かけるようになった。
三角耳の小さな毛むくじゃらの生き物を追いかけて一緒に遊んだ話や、外で見つけた葉っぱや石を持ち帰ると、マリィはとても喜んでくれた。その反面、八十四番が痛い思いをして帰ってくると、マリィは塞ぎ込んだ。
でも、お外へ冒険に行くなとは、決して言わなかった。
好きなとき、好きな場所に行っていい。
その自由が八十四番にはあるのだと、そう話した。
『出かける前に、今日も〝おまじない〟しましょうね』
『するー』
マリィは緑色の石をいつも大切に持っている。
『これはね、あなたの心臓。普通はひとつしかないんだけど、あなたはふたつも持って生まれてきたのよ』
『ふたつあると強い?』
『ふふ。そう、強いの。これにね、魔力を込めてあげると……ほら、元気が出るでしょう?』
『うん。わたし、おまじないしてもらうの好きー』
理屈はよくわからないが、マリィがおまじないをしてくれると、胸のあたりがポカポカあたたかくなる。少し眠い時でも力が湧いて、いっぱい動けるようになる。八十四番が元気に飛び跳ねて見せるとマリィも笑ってくれるし、いいことづくめだ。
そうやって過ごして、外へ出るのが当たり前になって。
ある日、マリィに頼まれた。
『あのね。ギルドっていう大きな建物がどこかにあるはずなの。……そこから、依頼書っていう紙を持って帰ってきてくれる?』
マリィからのはじめてのお願いだった。
八十四番の小さな冒険。
大きな建物を探して、片っ端から入っていく。
つまみ出される。怒られる。蹴り出される。いろんなパターンがあった。
入ってはいけない場所に入ったらしい時は、怒られて蹴り出されるだけでは済まなくて、息もできないくらい、痛い思いをした。
『お嬢さんどうした。何があった?』
そこを、白銀の鎧のおじさんが助けてくれた。八十四番に怒っていた大人を追い払って、一緒にいた青い衣の治癒師が、八十四番の血を止めて傷を消してくれた。
『ギルドってところに行って、いらい……依頼書?っていう紙を持ってきてねって、お願いされたの』
ふたりは八十四番をギルドに案内してくれた。青い衣のお姉さんは『本当に人間?』とか意味のよくわからないことを八十四番にたくさん訊いてきたけれど、全てに『わかんない』と答えるうちに諦めたみたいだった。
そうやって手に入れた依頼書と冒険譚を持ち帰ると、マリィはぎゅっと八十四番を抱き寄せて『ありがとう。頑張ってくれたのね』と褒めてくれた。
『これはなんて書いてるの?』
『このお家の……研究所の住所が書いてあるのよ。ここに天使の羽根を届けてもらうの』
『博士にそれあげるの?』
『……あなたが、これからも無事に目覚めてくれるように』
『? わたし、明るくなったらちゃんと起きれるよ』
『それはわたしが毎朝起こしてあげてるからでしょ?』
『うん。マリィが起こしてくれるから、大丈夫』
『…………。これからは、わたしが起こしてあげられなくなっちゃった時のことも、考えないと』
『ダメだよ。マリィがちゃんと起こしてくれないと、一緒に遊ぶ時間が少なくなっちゃうよ?』
『……もう。お寝坊さんはそっちなのに、図々しいこと言ってる』
マリィは寝台横の壁を使って依頼書を書いていた。横に座った八十四番が度々話しかけるから中々完成しなかった。
『この紙があるとどうなるの?』
『あなたのこと、わたしみたいに大事にしてくれる人と会えるかもしれない』
『なんで?』
『だって冒険者って困ってる人を助けてくれるのよ。こんなかわいい子が依頼書を持ってきたら、きっとお願いを聞いてくれると思うの』
『ふうん』
『だからあなたは〝わたしを助けてください〟ってちゃんと伝えてね』
『でもわたし、助けてもらうようなことないよ』
『あなたがそう思っていても、わたしは可愛いお友達を助けて欲しいって思っているの。……ギルドの人か、依頼を受けた冒険者がここへ来て……研究施設を調べて……あなたがひとりぼっちだって気づいてくれれば、保護してもらえるかもしれない』
『よくわかんない。わたしはマリィとずっと一緒だから、ひとりぼっちになんかならないのに』
『もしも、があったら困るでしょう? だからね、わたしの可愛いお友達。よく聞いて。あなたは天使の羽根っていう白いお花の使い方を——』
記憶の中のマリィの声は、そこで途切れている。
八十四番がいつもの部屋に行く時間になったから、博士がマリィの部屋に入ってきたのだ。
するとマリィは書いていた依頼書を慌てて八十四番に渡してきた。服の下に隠して、いつもの部屋に行く。博士はあんまり八十四番のことを見てくれないから、気付かれることはなかった。
——それから。
八十四番はすっかり陽が昇ってから目を覚ました。
マリィの持っている小石と八十四番は繋がっているらしい。
毎朝欠かさず、マリィはその石に魔力を注いで八十四番を起こしてくれる。それが無くても目覚めることは可能だが、そういう時には身体が重たくて仕方がない。
でも、起こすのが遅れる日はたまにある。
そういう時は、だいたい、マリィの具合が良くない朝だ。八十四番はまた〝いつもの時間〟が来るまで、苦しそうなマリィの横でじっとして過ごすと決めている。
でもその日は少し違った。
いつも真っ白なおふとんが、赤く汚れていた。
『マリィ?』
マリィは具合が悪そうな顔色をしていた。声も出すのも辛いのか、かすかに手を動かして、おいで、と唇を動かした。今まででいちばん具合が悪そうだ。
『————』
立ち尽くす八十四番の手のひらに、マリィは宝物を握らせた。緑色の小石。
最期にマリィは何か言おうとしたみたいだったけど、八十四番には、よくわからなかった。




