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ep.10 高原での邂逅



『ブラスは研究資金集めになぜフェザーを選んだか。マリィはどうして天使の羽根を求めたのか。偶然ではなく、そこに必然性があったとしたら?』

 

 少し前に別れたばかりの魔法使いの言葉を頭の中で反芻しながら、ミルは朝霧の掛かる高原を急いでいた。

 空が白んだばかりで、空気は冷え込んでいる。だが、寒さは意識の外だった。目的の花を探して、足早に朝露で濡れた草原を進んできたからだ。

 魔法使いは先に例の博士の根城に乗り込むらしい。

 ミルに与えられたのは別の仕事だ。

 

 ——天使の羽根の採取依頼。

 

 今は手元に無いマリィの依頼書と同様の内容を、魔法使いが改めてミルに依頼した。依頼といっても、単なる口頭でのお願い事だったけれど。

 

『——ミルちゃん。君はこれからどうしたい?』

 

 博士の目的とか、マリィの真意とか、そういった難しいことはミルには分からない。しかし、魔法でミルを幻惑高原へと送り出す直前、最後に彼が残した問いかけになら、答えを出せる。

 

(私は……依頼を完遂したい)

 

 この先に一体何が待ち受けているのかは分からない。でも。

 

「はっちゃんがまだ生きてるなら、助けたい……!」

 

 強い気持ちが勝手に口から飛び出した。ミルは凛とした顔で周囲を見渡し、額にうっすらと滲んだ汗を袖で拭う。

 

 ——手帳によれば、天使の羽根は純白の花弁を持ち、日光を好むという。夜になれば、その花粉は夜霧に溶け、幻惑の霧へと変わる。だから朝を待つ必要があった。

 ミルは遠くの山間から顔を出したばかりの太陽を視界に入れ、なだらかな丘陵を登っていった。

 魔法使いが言うには、天使の羽根は隠されているらしい。高価な違法薬物の原料だから、狩場を独占したい連中が魔法で細工しているとか。

 

『まず間違いなく、結界で出入りを禁じるなんて手は取らない。術者が居なくても正しい場所に足を踏み込めば、隠されたモノが姿を表す。そういう仕掛けを選ぶだろう』

 

 そして、そこには一般人が迷い込まないような細工も同時に施されているはずだ——魔法使いは断言していた。

 天使の羽根は陽に焦がれ高所に群生して咲く花だから、ある程度ひらけた場所がいい。

 その条件を満たす場所までついに辿り着くと、ミルはごくりと唾を飲み込んだ。

 

 ここだ。きっと、ここにある。

 

 ミルは根拠もなく確信していた。——勘、というべき自信である。彼女の採取の腕は本物だ。真に優れているのは器用さでも、根気強さでもない。素材を見つける観察眼。

 眼前に広がる青々とした草原への違和感を、今のミルには言語化できない。

 ここの草だけ、他の場所と何かが違う。分かるのは曖昧な肌感覚だけ。

 おじさんがいれば、尤もらしい説明をしてくれたのだろうが——

 

「……よしっ」

 

 魔法使いの助言を思い出しながら、懐を漁った。

 取り出したのは手のひら大の瓶だった。中には、光り輝く蝶が一匹眠っている。

 これは魔法使いが持たせてくれたものだ。怪しい場所を見つけたら、封を開けなさい。そう言われた。

 

「…………」

 

 ミルは唾を飲み込んで、キュポンと軽快な音を立てコルクの蓋を開けた。

 

 ——羽根を閉じその時を待ち詫びていた蝶が、外気に触れ目を覚ます。

 

 輝く鱗粉と共に、蝶は瓶から飛び立った。

 蝶は右へ左へ、まるで見えない壁の間を進むかのように、妙な軌道で羽ばたいている。ミルはその姿を見据え、鱗粉の軌跡をなぞりながら慎重に蝶を追いかけた。

 

 ——その、先で。

 蝶が突然姿を消す。足早に、けれど正確にその地点へとミルも慌ててたどり着くと、その瞬間に景色が変わった。

 

 

「わ、あ……——」

 

 一面に広がる純白は、気持ち良さそうに光を弾き、風にそよいでいる。甘ったるい香りがミルの意識を包み込んだ。

 美しい花畑に思わず見惚れるミルの肩で、姿を消していた蝶がそっと羽を休めた。

 その花は、特徴的な形をしていた。左右対称で、花弁は四枚。上二枚の方が下に比べて大ぶりだ。それはまるで、蝶の羽根のようにも、天使のそれにも似ている。

 

 ——この花を天使の羽根と名付けた先人の気持ちが、ミルもなんとなく理解できた。

 さあっと爽やかな風が吹き抜け、花々を、ミルの髪や外套を優しく揺らす。

 

 ふと惚けてしまっていた己に気付き、ミルは頭を振った。

 今のミルは丸腰ではない。魔法使いがどこからか魔法で取り出した剣とナイフを借りているのだ。いつものように肩に背負った剣は、慣れない重みをミルに伝えている。

 小ぶりなナイフと採取袋を取り出して、ミルは採取に取り掛かった。

 

「根と一番下の葉を残して、茎ごと……」

 

 記憶に新しい手帳の説明を口ずさみながら、ミルは手際よく花茎を切り取っては麻布の袋に貯めていく。

 生命力が強いこの花は、一番下の葉を残しておけば、春から秋の間はすぐにまたわき芽を出して蕾をつけるという。

 魔法使いに頼まれた量を手早く採取し終え、ミルは胸を撫で下ろした。大切に麻袋を左肩に掛けて、植物の汁で少し汚れた刃先を外套で拭ってからナイフを鞘にしまう。

 

 次は、もう一つ渡されている魔導器という道具を使って王都に戻るだけ——

 一つの目的を達成し、ミルはわずかに気が抜けていた。

 

 運が悪い彼女なのだから、そういう時こそ気をつけなければならないのに。

 

「——ひゃっ」

 

 懐を探ろうと、少し身を屈めた。

 その瞬間、先ほどまでミルの頭があった場所を何かが通過した。風を切る音を感じたミルが顔を上げると——自分目掛けて、何かが飛んでくるのを視認した。

 

 矢だ。

 それは特徴的な黒い鏃をして、鋭く速く空を裂く。

 

 

(あ。死ぬ)

 

 眼を丸くしたミルは直感した。これはもう、間に合わない。鮮やかにミルの額を貫く軌道だ。痛みを嫌って目を閉じる一瞬くらいしか、ミルに許された時間はなかった。

 

「…………?」

 

 でも、不思議といくら経っても痛みは訪れない。

 恐る恐る目を開けたミルの視界にまず飛び込んできたのは、短剣を手にまさに襲い掛かろうと走り込んでくる女の姿だ。

 その背後で、矢を番える狩人の男も確認できた。

 

「誰の許しを得て採取してんだ⁉︎」

 

 褐色の肌をした女が、威勢よく短剣を振り下ろす。しかし、その剣先は不可視の壁に弾き返された。よく見れば、ミルのすぐ近くの花の陰には何本かの矢が落ちている。

 

(これって——)

 

 ミルは遅まきながら背中の長剣を引き抜いて、何故自分がまだ無事でいるのかについて思考する。

 

「姿が見えないが……魔法使いのお仲間がいるのは確定か」

 

 短剣を弾かれ、すぐに下がって距離を取った女が、値踏みするようにミルを見た。

 ミルも女と同意見だ。

 

(……おじさんは、私に守りの魔法をかけてからここに送ってくれたんだ……)

 

 ——どうしよう。

 ミルはぎゅっと唇を引き結んだ。

 

(今はそんな場面じゃないのに、嬉しい)

 

 当然のように守ってもらえているのが、なんだかすごくこそばゆい。あの魔法使いは名前すら教えてくれないくせに、どうしてこんなに優しいのだろう?

 

「……結構、いや、かなりいい腕っすよ」

 

 ミルが女と剣を向け合ったまま出方を窺っていると、背後にいた狩人が弓を構えるのをやめて、のしのしと歩いてきた。

 褐色の女は背丈もスタイルも発育のいい美女だが、狩人の男はその隣に並んで見劣りのしない大きな体の持ち主だった。弓よりも前衛職の方が似合いそうだ。

 

「だって俺の矢が通らないんだもん」

 

 そう言って、はあ〜と深いため息を吐く。

 

「だもん、じゃねえよ! なに前に出てきてんだ! 戦闘中だぞ⁉︎」

 

 そんな狩人を女は睨みつけたが、狩人は肩をすくめて首を横に振る。

 

「ムリムリ。この魔法障壁は俺にもピノちゃんにも砕けないっすよ」

「ボスなら!」

「いや、怪しい。てか今いないし」

 

 ミルは二人のやりとりを戸惑いと共に眺めた。

 女はまだ戦意があるらしいが、狩人の方はどうも、諦めているようだ。

 ミルは対人戦の経験が薄いし、戦い慣れていそうな大人二人を相手に完勝できる自信がない。

 何より、今は大事な用事があるのだ。このまま戦闘を避けて離脱できるなら、これほど助かることはなかった。

 

「おじょーちゃん、それ何か分かってる? ただのキレイなお花だと思って持って帰ると危ないよ?」

 

 狩人なんて、敵意をすっかりしまってのんびりとミルに話しかけてくる。

 きっとここでの返答が、戦闘継続の可否を分ける。

 ミルは慎重に口を開いた。

 

「……天使の羽根でしょ? 何の花かは一応……理解してる」

 

 ミルは二人の顔を順番に見た。

 

「でも、必要なんだ。これ以上は採らないし、私はもうここに近寄らないって約束するよ。……見逃してほしい」

「——いーや、だめだね」

 

 女の返答は早かった。

 

「……ピノちゃあん……」

 

 狩人が呆れたような困ったような情けない声を出して女を見下ろしたが、彼女は相方の反応など意に介す様子もない。

 

「アタシらはここに入った奴を消すように言われてんだ。用心棒ってやつ?」

 

 短剣を宙に投げ、くるくると落ちてくるそれを受け止め——そんな手慰みを繰り返しながら、女はミルを睨みつける。

 

「……で、どうやって入った? 何故ここを知ってる? ——誰の差し金だ?」

「どうやって……って、えっと……この蝶々が教えてくれた……?」

 

 ミルはしどろもどろで肩の輝く蝶を一瞥する。

 

「はァ?」

「魔法だねえ、たぶん」

「はァァ?」

 

 「でもここを隠してる結界魔法は解けてねえだろ!」と、先ほどからピノと呼ばれている女は狩人に食ってかかった。

 

「恐らくは秘されたモノを明らかにする類の魔法……かな〜?」

「なんだそのうっさんくせえあやふや魔法」

「凄腕の魔法使いってマジで何でもできちゃうから……」

 

 仲の良さそうなやり取りを聞きながら、ミルはちょっと考えた。このまま魔法使いのおじさんに託された魔導器を使って、王都に逃げてもいいんじゃないかと。

 

「……ふうん。で、そのすげえ魔法使いのお仲間はどこだよ?」

 

 しかし、ミルがこっそり懐に手を差し込もうとした瞬間、ピノがミルに声を掛けてくる。それに——少女は気づいていなかったが、ミルが手を動かした瞬間、狩人の視線が鋭くなった。

 ミルは視線を上に投げた。

 

「ここにはいないよ。遠い街にいる」

「んなわけねーだろ!」

 

 「こーいう動かない結界ならともかく!」と、ピノは特に何もない空間を大ぶりな動きで短剣で示した。続いて、その切先は再びミルを指す。

 

「お前みたいに動くやつに障壁張り続けるんなら、普通はどっか近くで見てなきゃならないもんだ!」

「そ、そう……なの? ごめんなさい、あんまり魔法は詳しくなくて……」

「何だよ何で謝られてんだアタシは⁉︎」

「でも、嘘はついてないよ。仲間の魔法使いは遠くにいるし、この蝶々に導いてもらったのも本当。……実はね、障壁で守ってもらえてるの、私もさっき知ったんだ。完全に殺されたと思ったからびっくりしちゃった!」

「はあ⁉︎」

 

 やり取りだけを見れば緊張感は薄いが、ミルはそれでも警戒を解けずにいた。

 ピノに睨まれているのもあるが、それよりも——チラリと、読めない瞳でミルを観察している狩人を一瞥する。

 

(この人、たぶんすごく強い。……見られてるだけなのに、心臓がバクバクする)

 

 ミルは浅い呼吸を意図的に深く吐き、指先で探り当てた魔導器を外套の裏ポケットから取り出した。

 「!」その瞬間、狩人が弓を持つ手をピクリと反応させた——が、結局彼は動かなかった。

 

「あのね、今は人の命が懸かってるから、お姉さん達とこれ以上話してる暇ないんだ。勝手に入ってごめんなさい! もう来ないから許してください!」

「あ? だから逃さねえって——」

「えいっ」

 

 魔法使いに教わった通り、ミルは魔導器——赤い魔石を天に翳した。

 

「——おじさんっ、お願い! できれば早く!」

 

 『帰るときはコレを天に翳して僕を呼んでね』と、そう言われた通りにミルは叫んだ。

 すると一体どういう理屈かは知らないが、言い終わらないうちから魔石が赤い光を放ち始めた。

 ずっと羽を休めていたあの蝶が羽ばたいて、自ら光に吸収されて消えていく。

 白い花畑がにわかに光を反射し、赤く染まった。

 ミルの視界がすっかり光で見えなくなると、何だか奇妙な浮遊感が体を包んだ。魔法で高原に送ってもらうときにも、似たような感覚を味わったのを覚えている。

 

 

「……うげえ。最高位の魔導器かよ。喧嘩売らなくてよかった」

 

 最後、狩人の心底嫌そうな呟きが耳に届く。

 次の瞬間には、ミルは大自然の中ではなく、白い建物の前に立っていたのだった。



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