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【04】



「おじ、さん……どうして……?」

「…………………………」

 

 魔法使いは答えなかった。

 でも、ミルの目の前に来て片膝をつき、微かに震える指先で負傷した肩に触れた。

 次の瞬間。肩に触れた手のひらから、ぽう、と柔らかな光が漏れ出して、うす暗い牢屋を照らした。

 

 詠唱の形跡はないが、これは治癒魔法だ。あの時もこうして傷を治してくれたから、傷口が塞がっていく様を見なくとも理解できた。

 黙ってされるがままでいるうち、じくじくとした疼きが次第に治っていく。二の腕の傷も同じように塞ぎ、拘束で擦り切れた手首や足首の些細な傷跡も彼は見逃さなかった。

 魔法使いはミルの手首に手を添えたまま、押し殺した声で言った。

 

「……他に、痛む場所は?」

「……ううん。もう大丈夫……」

 

 「本当に?」と、魔法使いはあまり信じていなさそうな声を出す。きっと、ミルが静かに泣き続けているからだろう。そう思ったが、涙をすぐには止められそうになかった。

 

「おじさんっ……、どうしておじさんは私のこといつも助けてくれるの?」

「えっ」

 

 ぐちゃぐちゃになった感情がミルの声を震わせる。

 そして、なぜか魔法使いの方も言葉を詰まらせた。

 

「……い、いつも?」

 

 その声は妙に上擦っていたから、なんだか可笑しくて。ミルは泣きながら少しだけ笑ってしまった。

 

「もしかして、覚えてないの? おじさんは四年前にも私のこと助けてくれたよ」

「あ、あ〜……そう、だったね。そんなこともあった」

 

 動揺を隠せていない様子は、やっぱりどこか滑稽で。ミルは場所に似合わぬ笑顔を覗かせた。

 

「さっきまで、おじさんのことを思い出してたの」

「——……、それは、どうして」

「私のこと、初めて助けてくれた人だから」

 

 そして、細めた瞳から止まりかけていた涙が再び溢れた。

 

「どうしてまた助けてくれたの? なんでここに?」

「それ、は……」

 

 魔法使いが、躊躇うように言葉を濁す。吐息混じりの低い声を聞いて、ミルは今度こそ我慢できず笑い出してしまった。

 

「ふふふ。おじさん、お酒くさいね!」

「うっ」

 

 思わずといった風に片手で口を押さえた様子が、ミルには可笑しくて可笑しくて堪らなかった。

 嘘みたいに強い魔法使いであることは疑いようもないのに、妙に人間臭くて。

 そして、ミルなんか助けたって何の益にもならないだろうに、助けるだけでなく、傷まで綺麗に治してくれる。

 数年ぶりに会ったのに、相も変わらず不思議な人だ。

 

「……僕は、少しここに野暮用があってね」

 

 酒臭いと言われたのを気にしているのか、魔法使いは立ち上がってミルとの顔の距離を離した。

 

「そうしたら、捕まっている君を見つけたから」

 

 「魔法で送るよ。宿は?」と、彼は言葉少なにミルを気遣ってくれる。

 でも、ミルは静かに首を振った。

 

「おじさんはこの研究所について何か知ってるの?」

「うん? ……いや、それをこれから調べるんだ」

「なら、私も連れて行って。……ううん。連れて行ってください」

「……何?」

 

 ミルはゆっくりと立ち上がった。半日も同じ体勢を強いられていたから、身体中が凝り固まっている。

 

「……っつう……」

 

 いつも剣の鍛錬を始める前のように軽い気持ちで屈伸をすると、腹に鈍い痛みが走って、屈んだまま蹲る。

 

(そういえばお腹も蹴られたっけ……)

 

 今まですっかり忘れていた、なんて呑気な思考を巡らせるミルだったが、その姿を見下ろす魔法使いの動きは鮮やかだった。

 「どこだ?」と即座にミルの肩を抱き、寄り添ってくれた。

 

「お、お腹……ちょっと、蹴られちゃった……」

「…………」

 

 魔法使いはすぐに腹に手を添えて、治癒の光を輝かせた。

 

「他には? 隠してないか?」

「うんっ、もうほんとに大丈夫だよ! ありがと、おじさん!」

 

 屈伸運動の他にぴょんぴょこ跳んで見せると、「分かったから静かにしなさいね」と嗜められたミルである。

 

「それで、さっきの話だが——君を連れていく気はないよ。これからここは戦場になるかもしれない」

 

 さっさと話を戻した魔法使いの拒否を、ミルも予想しなかったわけではない。だから引かなかった。

 

「足手纏いになるのは分かってます。……でも、はっちゃんのことが心配で……」

「はっちゃん……?」

「私をここに閉じ込めたのは博士と呼ばれる男です。その男が、八十四番と呼ぶ女の子。……ただの数字を、名前だって名乗る女の子——」

 

 ミルは拳を握りしめた。

 

「——おじさん。私ね、冒険者になりました」

「…………」

「はっちゃんは依頼人なんです。まだ依頼の途中なのに、投げ出したくない。あの子の無事をこの目で確かめて——依頼を、完遂したいんです」

 

 お願いします、とミルは頭を下げた。

 柔らかい金色の髪の毛を、小さな後頭部を、黒い魔法使いが何を思って見下ろしていたかなんて定かじゃないが——

 

「……いいかな、ミルちゃん」

 

 やがて、ため息と共に口を開いた。

 

「ひとつ。僕のそばを、決して離れないこと」

「……!」

「ふたつ。君が一度破れた相手だ。戦闘になったら全て僕に任せて、君はその依頼人と……何より、君自身の安全確保を優先すること」

「……はい」

「みっつ。僕は経緯を知らない。君の事情を、包み隠さず聞かせておくれ」

 

 指折り数えて出される条件の、なんと都合の良いことだろう。この世には都合の良いことなんてあるはずがないのに。

 ——そう、あの匿名の依頼を除けば。

 

「一つでも破ったら許さないよ」

「……許さないとどうなりますか?」

「ん〜……そうだなあ。君を連れて帰って、安全な場所にずっと閉じ込めておこうかな」

 

 「……なんて、ね」好奇心から軽く尋ねたミルに対して、返ってきたのは妙に本気に聞こえる声色だった。

 思わず固まってしまったミルを見て、魔法使いは口許に弧を描く。

 

「冗談だよ、冗談」

 

 付け足された言葉に、ミルはきょとんと目を丸くしてから、少し照れたように頭をかいた。

 

「え……へへ、ですよね! そんなの、おじさんに何の得もないし……」

 

 そう言って、ミルはどこか淋しげに笑った。

 

「…………」

 

 魔法使いが、物言いたげにミルを見下ろしているのが肌で分かる。

 何か言われる前に、ミルは強引に話を戻しにかかった。

 

「私、ちゃんと約束守ります!」

「……うん、いい子だ」

 

 ミルは胸をいっぱいにしながら、恩人にもう一度頭を下げたのだった。


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