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満足死  作者: 竜造寺。(原案・編集) & ChatGPT(生成)
第2部
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2部 第1話

 隔離室の扉が閉まる音は、地上の発砲音より静かだった。


 静かさは地底の特権で、特権は善の顔をしている。善の顔は、暴力を見えなくする。見えない暴力は、抵抗の方向を失わせる。方向を失った抵抗は、抵抗ですらなくなる。地底の統治は、そういう形で完成している。


 部屋は白い。無臭。一定温度。一定照度。規定値の風。僕の呼吸だけが、環境の中で浮いている。浮いたものは異物だ。異物は排除される。排除の仕方は丁寧だ。丁寧さは安全の顔をする。安全の顔をした排除は、否定されない。


 壁面には例の文言が刻まれている。


 死なないことが善である。


 あの言葉は、教義ではなく環境だ。環境としての言葉は、人間の中へ勝手に染み込む。染み込んだ言葉は、疑う前に身体へ根を張る。根を張った言葉は、思考を指先の反射より速く動かす。だから地底の人間は、善を考える必要がない。善はすでに空気に混ざっている。


 僕は椅子に座り、指先を見た。地上の灰が、まだどこかに残っている気がする。もちろん残っていない。残っていたとしても洗浄で落ちている。落ちているはずなのに、残っている気がする。気がするという事実が、僕の中でひとつの異常になっている。地底は異常を治す。治すのは良いことだと教え込まれている。だが異常は、外部を見た者の証拠でもある。証拠を治すというのは、証拠を消すという意味にもなる。


 端末は没収された。録音も、リーヴの名も、あの灰の匂いも、全部まとめて机の向こうへ運ばれていった。運ばれた先で解析され、分類され、指数化され、政策になる。政策になるというのは、言語が武器に変換されるということだ。


 武器になった理解は、救済の顔をする。


 扉の向こうで足音。一定のリズム。訓練された歩幅。地底は歩き方まで均す。均したものは予測しやすい。予測しやすいものは恐ろしくない。恐ろしくない管理は、人間の警戒心を溶かす。溶けた警戒心は、制度へ沈む。


 扉が開く。監督官が入ってくる。灰色の衣服。抑制された表情。目だけが、まだ人間としてそこにいる。


 その後ろに、もう一人いる。白衣。医療区画の人間だ。若い。若いという形容は地底では意味が薄いが、それでも彼は“第四世代”の匂いがする。均された肌。均された体格。均された姿勢。均された人間。


 監督官が言う。


「隔離は罰ではない。安全のためだ」


 罰ではない。地底の罰は存在しないことにされる。罰は感情を生む。感情は事故を生む。事故は死を生む。だから地底は罰を“安全”に言い換える。言い換えは言語の手術だ。手術は治療の顔をする。治療の顔をした言語操作は、反論されにくい。


 僕は頷いた。頷いてしまった。頷きは合意で、合意は制度の潤滑油だ。潤滑油が切れると摩擦が起きる。摩擦は熱を生む。熱は火を呼ぶ。火は燃える。燃えるものは地底が嫌う。地底は燃えることを、最も原始的な事故として恐れている。


 白衣の青年が、机の上に小さな装置を置く。測定器。いつもの指数化の道具。


「恐怖指数と、反芻の頻度を測る」


 青年は淡々と言った。反芻。思考の反復。反復は固定化を生む。固定化は思想になる。思想は制度の外で育つ。制度の外で育ったものは危険だ。


 監督官が僕を見る。


「言語記録の提出が滞っている」


 滞っている。物流の言葉だ。地底では情報も物流として扱われる。物流は最適化できる。最適化できるものは善になる。善になった最適化は、例外を許さない。


 僕は言う。


「端末は預けた」


「提出の意思の確認だ」


 意思。意思という単語を地底が使うとき、それは意思を尊重しているのではない。意思の存在を確認して、矯正の対象を確定する。確定は帳簿がする。帳簿は燃えた。だが地底には、燃えない帳簿がある。壁面。端末。記録。ログ。個人の行動履歴。燃えない帳簿は、火より強い。


 僕は息を吸い、吐いた。呼吸を数えない。数えないという小さな反抗。反抗は事故の芽だ。芽は摘まれる。摘まれる前に根を伸ばすには、時間がいる。地底は時間がある。時間があるということは、摘む余裕があるということだ。


 監督官が続ける。


「あなたは地上で帳簿を焼却した」


 焼却。言い方が正しい。正しい言い方は、行為を確定する。確定された行為は、評価される。評価は配点される。配点されると、地上と同じになる。地上と同じになった瞬間、地底の優位は崩れる。だから地底は、配点しない代わりに“治療”する。


 僕は言った。


「僕の判断だ」


 監督官の目が僅かに細くなる。誤差。制度の顔に生じる誤差。


「あなたの判断は、共同体の判断より優先されるのか」


 優先。優先順位。地底は優先順位を隠すために“最優先”を使う。最優先は優先順位を消す。優先順位が消えると、誰も選ばない。選ばない人間は責任を持たない。責任を持たない人間は楽だ。楽な人間は従う。従えば制度が続く。


 僕は答える。


「優先されない。だから燃やした」


 監督官が少しだけ眉を動かす。理解できないのではない。理解できるから危険なのだ。個人が個人の責任で、制度の武器を折る。その行為は感染する。感染は伝播する。伝播した行為は、他の第四世代にも届く。届けば、地底の滑らかな時間にひびが入る。


 白衣の青年が僕の指先へ装置を向ける。微弱な刺激。生体反応が表示される。


「反芻が強い」


 青年が言う。反芻は、リーヴの名を思い出すたびに起きる。名は数字になりにくい。数字になりにくいものは、地底が嫌う。


 監督官が言う。


「あなたが見た地上の制度を、客観的に説明しろ」


 客観。地底が好む言葉。客観は“正しい説明”の同義語として扱われる。正しい説明は政策になる。政策は救済になる。救済は支配になる。


 僕は言った。


「正しく説明すると、正しく壊す。正しい壊し方は止まらない」


 監督官が沈黙する。沈黙の間に、空調の音が妙に大きく聞こえる。環境が僕の会話を飲み込み、均そうとしている。


 白衣の青年が、監督官へ小さく視線を送る。合図。ここで彼がただの医療係ではないことが分かる。医療は地底の中枢だ。生存を担保する部署が、実は統治の心臓でもある。心臓は目立たない。目立たないものほど支配する。


 監督官が言う。


「なら、あなたは何を提出する」


 提出。選択の形をした命令。選択させているようで、選択肢は制度が用意する。用意された選択肢は自由ではない。自由ではない選択は、責任だけを個人へ押し付ける。


 僕は考える。提出するか、隠すか、改竄するか。改竄は事故だ。事故は死だ。地底倫理は改竄を許さない。だが地底倫理がそのまま地上へ適用されれば、別の死が増える。死を増やさないために、嘘が必要になる。嘘は倫理を腐らせる。腐らせた倫理は、いずれ制度を腐らせる。腐った制度は崩れる。崩れると事故が起きる。事故は死だ。どこへ行っても死が絡む。死が絡む世界で、死を避けることを至上とするのは、ただの矛盾だ。


 僕は口を開く。


「地上は、死を点数化して、配給と未来を縛る通貨として流通させていた。点は生活を回し、生活は次の死を買う。閉じた循環だった」


 監督官が頷く。頷きは合意ではない。確認だ。確認は次の段階へ進む許可だ。


「その循環を壊す方法」


 監督官が言う。方法。地底が最も欲しがるもの。方法があれば整えられる。整えれば救える。救うことが善だと、地底は信じている。


 僕は言った。


「帳簿を燃やした」


 監督官が、静かに言う。


「帳簿がないなら、帳簿を作ればいい」


 その一言で、地底の恐ろしさが輪郭を持つ。地底は火を恐れる。だが地底は、火より強い“再現”を持っている。再現。再構築。モデル化。指数化。最適化。地上の制度を、地底が自分の言語で書き直す。それが救済になる。救済は支配になる。支配は止まらない。


 白衣の青年が付け足す。


「言語記録があれば、制度の再現は可能だ」


 可能。可能という単語は、未来の確定だ。確定は帳簿がする。帳簿は燃えたのに、ここには燃えない帳簿がある。壁面と端末とログで作られた、火の要らない総帳。


 監督官が立ち上がる。


「解析班が来る。あなたの協力が必要だ」


 協力。協力という単語は柔らかい。柔らかい単語は暴力を隠す。隠された暴力は拒否されにくい。


 扉が閉まりかける直前、白衣の青年が僕を見た。目が、ほんの少しだけ揺れている。制度の外へ出かけている目。彼は同世代だ。同世代は、長い時間を持つ。長い時間は渇きを生む。渇きは制度の外を欲しがる。


 青年が小さく言った。


「……リーヴ、という名を口にしたのは、あなたが初めてだ」


 監督官が振り返る。


「何だ」


 青年は首を振る。


「確認です。感染の経路を」


 感染。青年はそれを病理の言葉として言った。しかし感染は、病理であると同時に希望でもある。希望は危険だ。危険なものほど地底は治療する。治療は矯正だ。矯正は支配だ。


 扉が閉まる。鍵の音。隔離の確定。


 僕は白い壁を見上げる。


 死なないことが善である。


 その文言の下で、僕は思う。善の定義は固定されている。固定された善は、外部を見た者を受け入れられない。受け入れられないなら、薄める。薄めるには、時間がいる。地底は時間がある。時間があるということは、僕がゆっくりと削られるということだ。


 遠くの廊下で足音が増える。解析班。再現のための人員。


 僕の中の灰が、まだ舞っている気がした。舞っている気がするという異常が、今は唯一の抵抗だ。


 僕は呼吸を数えない。


 数えないまま、待つ。待つという行為が、次の選択を生むまで。

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