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満足死  作者: 竜造寺。(原案・編集) & ChatGPT(生成)
第4部
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4部 第14話

 抑止は、理由を食う。


 理由を食うというのは、理由を必要とするということだ。必要とする理由は、だいたい善の顔をしている。善は疑われにくい。疑われにくい善は、銃の引き金を軽くする。軽くなった引き金は、撃つことを手続きにする。


 手続きになった暴力は止まらない。


 端末が吐き出した「抑止:根拠不足」は、短い文字列のくせに空気の温度を変えた。隊員の足が止まる。止まった足が生む沈黙は、祈りの沈黙とは違う。祈りの沈黙は厳粛だ。厳粛さは宗教を強くする。いまの沈黙は困惑だ。困惑は遅い。遅い困惑は、銃の出番を遅らせる。


 遅れが、穴になる。


 影の男は僕の肩を掴んだまま、逃げない速度で動いた。逃走は敵を作る。敵ができれば撃てる。撃てる状況が整えば、根拠不足でも撃つ者が出る。


 だから逃げない。保守の退避の速度。手続き上の移動の速度。


 女が先に行く。彼女の動きは地上の動きだ。均一じゃない。均一じゃない動きは予測しにくい。予測しにくいものは制度が嫌う。嫌うものは矯正される。矯正される前に、予測しにくさが時間を稼ぐ。


 時間が稼げれば、喉は詰まる。


 背後で、若い男の声が割れた。


「根拠不足だと……。だったら俺が根拠だ。俺が見た。俺が――」


 俺が。個人が根拠になる瞬間、英雄が立ち上がる。英雄は神になる。神になれば銃が正義になる。正義になった銃は止まらない。


 英雄が立つ前に、英雄の言葉を“物語”にさせない必要がある。物語になる前の状態。つまり雑音に落とす。


 雑音に落とすには、別の雑音を重ねる。混ぜる。


 影の男が小さく言う。


「混ぜろ。声も、ログも」


 声も混ぜる。群衆の声を混ぜるというのは危険だ。混乱は暴力を呼ぶ。暴力は銃を呼ぶ。銃が出れば終わる。


 だから混ぜるのは“声の根拠”だ。誰の声が何を見たのか、その照合を混ぜる。照合が混ざれば、証言は根拠になりにくい。根拠になりにくければ抑止が遅れる。遅れれば穴が動ける。


 僕の手首の白い帯が、灰に汚れたまま、冷たく貼りついている。価値にならない帯。記録だけ。記録だけなら、所有になりにくい。所有になりにくければ市場になりにくい。市場になりにくければ賄賂が痩せる。賄賂が痩せれば暴力が痩せる。暴力が痩せれば銃の理由が薄くなる。


 薄い理由は、抑止を飢えさせる。


 飢えた抑止は暴れる。暴れる前に、抑止の腹に“別の食べ物”を入れる必要がある。


 別の食べ物。点ではない記録。価値にならない記録。


 影の男が配線の束に手を伸ばす。開けない。触れる。触れてログの整合を壊す。短い、長い、短い。雑音の作法。雑音は捨てられる。捨てられた雑音だけが後で意味になる。


 配線の束の先の表示板が、また一斉に乱れた。


 ――抑止:再評価

 ――現地裁量:保留

 ――処置者:未定義

 ――敵:未確定


 敵:未確定。


 敵が未確定なら、銃はまだ“正義”になれない。正義になれない銃は、ただの武器だ。武器は疑われる。疑われる武器は出しにくい。


 出しにくい時間が、穴だ。


 女が振り返らずに言う。


「おい、あれ……」


 視線の先。地底の隊員が、銃器を取り出しかけていた。隠していた抑止が露出しつつある。露出した抑止は、根拠不足でも暴走する可能性がある。暴走は事故だ。事故は忙しさを生む。忙しさは盲点を増やす。盲点が増えれば穴が動ける――と言いたいところだが、暴走の事故は死を増やす。死が増えれば、地上の怒りが神を求める。神が立てば銃が正義になる。


 死で詰まらせてはいけない。


 詰まらせるのは、喉だ。人間じゃない。


 影が言う。


「撃たせるな。撃たせる前に、根拠を溶かせ」


 根拠を溶かす。溶かすのは、値の整合だ。撃てる根拠が溶ければ、撃つ手は躊躇する。躊躇は遅さだ。遅さは罪だ。だがこの罪は救いだ。


 僕は一歩、隊員の視線の線上に出た。出るというのは危険だ。危険は矯正される。だが出方が“無害”なら、矯正の手は迷う。


 僕は両手を見せる。持っているのは布切れのような帯だけ。武器ではない。武器ではないことが、銃の理由を薄くする。薄くなれば撃ちにくい。


 隊員の目が揺れる。揺れは困惑だ。困惑は遅い。


 僕は言葉を選ばない。選べば物語になる。物語になれば宗教になる。


 僕は短く言う。


「根拠は――未定義だ」


 未定義。制度の恐怖の単語。恐怖の単語を現場で言うと、手が止まることがある。止まれば穴が動ける。


 隊員が息を呑む。銃口が下がる。下がった瞬間、背後の表示板がもう一度だけ乱れた。


 ――抑止:根拠不足

 ――発砲:禁止

 ――命令者:未定義


 発砲:禁止。


 機械が禁止を言う。神の声に見える。だが神ではない。ただの手続きだ。手続きが神の声に見えるのは危険だ。危険は矯正される。だがいまは、その危険が銃を遅らせる。


 遅れの隙間で、影の男が女を引き、僕も引かれる。


 保守の速度で、穴へ戻る。


 戻るのではない。移動する。穴は移動する。移動する穴だけが、生き残る。


 背後で、群衆の声が再びうねり始めた。だがうねりは、さっきより遅い。遅いうねりは、問いのうねりだ。


 問いが生きている限り、抑止は腹を空かせ続ける。


 腹を空かせた抑止は、正義になれない。


 その状態を、明日へ繋げる。

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