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満足死  作者: 竜造寺。(原案・編集) & ChatGPT(生成)
第3部
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3部 第6話

 再点という言葉は、復活のふりをした回帰だ。


 回帰は安心を連れてくる。安心は善だ。善は疑われにくい。疑われにくい善は止まらない。止まらない善が、いま地上で“点”を呼び戻している。地底は点庫を潰したつもりでいる。潰したつもりでいることほど危険なものはない。潰したつもりの場所に、最も強い根が残るからだ。


 隔離室の白い壁に、地上の映像が断続的に投影される。監督官の意思ではない。最近は、僕の意思でもない。映像が勝手に出るというのは事故だ。事故は危険だ。危険は矯正される。だが危険が起きているという事実だけが、ゼロがまだ動いていることを示している。


 壁面の一角に、簡易ログが一行だけ走る。


 ――遮断後、市場は萎まない

 ――市場は形を変える

 ――点は戻る


 点は戻る。


 戻るという言葉が、僕の舌の裏で苦い。地上は死を点にした。今度は生を点にする。生を点にすることは、地底の計画の成功に見える。死が減るからだ。死が減れば善が増える。善が増えれば進む。進めば止まらない。止まらない先で、人間は薄くなる。


 僕は目を閉じ、矯正の残響が削り取ろうとする棘を守ろうとした。棘は言葉ではない。棘は、言葉になる前の感覚だ。感覚が残っている限り、僕は制度の辞書の外側に立てる。


 扉が開く。監督官が入ってくる。灰色の制服。薄い表情。薄い表情の裏に焦りがある。焦りがあるということは、計画が滑らかではないということだ。滑らかでないという事実が、僕の中の灰を少しだけ温める。


 監督官が言う。


「再配分を開始する」


 再配分。再点の前触れ。地底は言葉を選ぶ。点という単語は地上のものだから避ける。避けることで自分の清潔を保つ。清潔は善だ。善は疑われにくい。


 僕は言った。


「再配分は、点の復活だ」


 監督官は頷かない。


「点ではない。生存指標に基づく合理的な優先だ。優先度があるのは当然だ」


 当然。制度が最も好む単語。当然と言われた瞬間に、議論は終わる。終わった議論の上で、最適化は進む。進めば止まらない。


 僕は言った。


「当然が生まれた瞬間に、点が生まれる。優先度が点だ。点があれば、点を奪う者が出る」


 監督官が短く言う。


「奪いは抑止する」


 抑止。戦争の語彙。地底は戦争から逃げたはずなのに、抑止を捨てられない。捨てられない語彙は構造の告白だ。構造は同じだ。敵を定義し、敵に罰を与え、罰を正当化し、正当化のために点を作る。


 壁面の映像が切り替わる。地上。瓦礫。配給列。端末の光。だが以前と違う。列の前に、誰かが立っている。腕章。古い点庫の紋章を、形だけ変えたような記号。地上は記号を好きになる。記号が増えるほど、人間は簡単に分類できる。分類できれば支配できる。支配は安心を連れてくる。安心は善だ。善は疑われにくい。


 腕章の人物が叫ぶ。音はない。だが唇が動く。僕は読む。


「装着点、提示……。提示できない者は、後ろへ……」


 装着点。


 地底が避けたはずの単語が、地上で復活している。生存指標は、すでに点になった。点になった瞬間、地底は地上の制度に食われた。食われた制度は、地上の胃の中で死を吐き出す。吐き出される死は、以前より静かだ。静かな死は、統計に乗りにくい。統計に乗りにくい死は、善の顔を保ったまま増える。


 監督官が言う。


「地上の自治が芽吹いている。あなたの懸念は過大評価だ」


 過大評価。便利な否定。否定が出るのは、監督官が見えているからだ。見えているが、認められない。認めれば計画の正しさが揺れる。揺れれば委員会が割れる。割れれば事故が増える。事故は死だ。死は悪だ。だから否定で蓋をする。


 僕は言う。


「自治じゃない。点の役所だ」


 役所。帳簿。手続き。手続きは安心を生む。安心は善だ。善は疑われにくい。疑われにくい役所は、人間を数字へ変える。


 映像の中で、端末を腕に巻いた男が配給を受け取る。水。呼吸補助。抗線量。男は安堵の顔をする。安堵は善の証拠だ。善の証拠が、同時に首輪の証拠になる。首輪は柔らかいほど外せない。


 その男が、別の男に小さく何かを渡す。渡すのは水ではない。紙片だ。紙片には何かの記号が書かれている。点数。あるいは、装着点の“譲渡券”。譲渡という発想が生まれた瞬間、点は通貨になる。通貨になった点は、市場を生む。市場は戦争を生む。戦争は循環を生む。循環は止まらない。


 監督官が言う。


「端末は個体認証を強化した。譲渡は難しい」


 僕は言う。


「難しくすれば、偽造が生まれる。偽造が生まれれば、取り締まりが必要になる。取り締まりが必要になれば、査定が復活する。査定が復活すれば、満足死は美学として蘇る」


 満足死。


 地上の死の宗教。死を至上にした宗教は、死が減ると飢える。飢えた宗教は、死を別の形で作る。作られる死は、意味を持つ死だ。意味を持つ死は物語になる。物語になった死は点になる。点になった死は通貨になる。


 僕はその循環を、骨のように覚えている。


 監督官の目が冷える。冷えは矯正の開始だ。


「あなたは死を美化する言語を使う」


 美化ではない。構造の説明だ。構造を説明すると止まらない。だから地底は構造の説明を嫌う。嫌うから矯正する。矯正すれば言葉は薄くなる。薄くなれば、構造が見えなくなる。見えなくなれば、繰り返す。


 壁面の映像がまた切り替わる。別の拠点。ここはより戦線に近い。銃。瓦礫。腕章の集団。彼らが端末を集めている。集めるという行為は、点を集めるということだ。点を集めれば権力になる。権力になれば暴力になる。暴力になれば死を呼ぶ。死は地上の通貨だ。通貨が戻れば、地上は安心する。安心は善だ。善は疑われにくい。


 映像の端で、誰かが壁に文字を書く。文字は大きい。大きい文字は宣言だ。宣言は宗教の始まりだ。始まった宗教は止まらない。


 書かれた文字。


 ――満足生


 満足生。


 死が生に置換された。置換は地底の計画の語彙だ。だが置換の主体が地上だという点で、これは地底の勝利ではない。地上が地底を食っている。地上の宗教が、地底の救済を取り込んで、新しい美学を作った。満足死が満足生になる。生を至上にする。生を至上にする宗教は、地底の善と響き合う。響き合う宗教は、戦争を正当化する。正当化された戦争は止まらない。


 監督官が息を止めるようにして、端末を見つめる。焦りが濃くなる。濃くなる焦りは、計画の背骨が軋んでいる証拠だ。


「そんな言葉は、一部の煽動だ」


 煽動。敵の定義。敵を定義した瞬間に、取り締まりが始まる。取り締まりが始まれば、点が必要になる。点が必要になれば、点は強くなる。強い点は宗教を支える。宗教を支えた点は止まらない。


 僕は言った。


「一部が物語を作る。物語が制度を食う。制度は、物語に勝てない」


 監督官の目がさらに冷える。


「物語は制御できる。地底が供給を握っている」


 握る。握るという言葉が出た瞬間に、救済は支配になる。支配になった救済は終わらない。


 僕は言った。


「供給を握れば、地上は供給を奪う。奪うために点を強化する。点を強化するために宗教を作る。宗教ができれば、供給を握っている者が敵になる」


 監督官は何も言わない。言わない沈黙が、彼女の恐れを肯定する。恐れは亀裂だ。亀裂は光だ。光は火種。


 その瞬間、壁面にまた簡易ログが走った。監督官の端末とは違う。保守系統の匂い。ゼロの息遣い。


 ――満足生、拡散

 ――地底は抑止に傾く

 ――抑止は点を強める

 ――欠落、使う


 欠落、使う。


 使うという言葉が、僕の喉の奥で痛い。欠落は武器ではない。武器にすると正しく壊す。正しく壊すと止まらない。だが使わなければ、制度の矢印は真っ直ぐに刺さる。刺さった矢印は抜けない。抜けない矢印は、未来を固定する。


 固定された未来に、名は住めない。


 監督官が僕を見て言う。


「あなたは、これを予測できたはずだ」


 予測。予測という単語は責任の押し付けだ。責任を押し付ければ制度は清潔でいられる。清潔は善だ。善は疑われにくい。


 僕は言う。


「予測できた。だから言った。止まらない善は止まらない」


 監督官の目が揺れる。揺れは怒りではなく恐れだ。恐れは、彼女が自分の善が地上で別の宗教になりつつあると理解した証拠だ。理解した瞬間、彼女は二択を迫られる。進めるか、止めるか。


 止めるという選択肢は制度にない。制度は終端を嫌う。嫌うから止めない。止めないなら進む。進めば抑止に傾く。抑止に傾けば、地底は武装する。武装は戦争だ。戦争は地上の土俵だ。地上の土俵に上がった地底は、地上に食われる。


 監督官が小さく言った。


「……抑止はしない。最適化で、自治へ」


 言葉が揺れている。揺れた言葉は弱い。弱い言葉は、委員会の宗教に負ける。負けた言葉の後ろから、もっと硬い言葉が出てくる。抑止。排除。査定。規定。


 僕は言った。


「抑止をしないなら、第三が要る」


 監督官が言う。


「第三とは何だ」


 疑問符はない。だが問いが生きている。問いが生きている瞬間だけ、人間は制度の外側を覗ける。


 僕は答えない。答えれば言葉になる。言葉になればログになる。ログになれば確定される。確定された第三は、制度に取り込まれる。取り込まれた第三は、第三ではなくなる。


 答えない沈黙を、僕は火種として残す。


 監督官は扉の前で立ち止まり、背中で言った。


「あなたは隔離を継続する。だが……情報提供は続けろ。地上は変質している」


 変質。変質という単語が出たのは進歩だ。地底が初めて、自分の計画が“そのまま”には進んでいないと認めた。認めたということは、亀裂が広がっている。亀裂が広がれば、光が増える。光が増えれば、火種は燃えやすい。


 扉が閉まる。


 僕は白い壁を見つめる。壁の白さは変わらない。だが白さの中に、黒い影が増えている。影は市場だ。影は宗教だ。影は点だ。影が増えるほど、地底の白さは強くなる。強くなる白さは、影を濃くする。


 その循環の中で、ゼロが欠落を使うと言った。


 欠落を使う。


 使うのは正しくない方法でなければならない。正しく壊すと止まらない。だから正しく壊さない。壊さないまま、意味を折る。意味を折って、点を点ではなくする。点を点ではなくするとは、点に付着した物語を剥がすことだ。物語を剥がすには、別の物語が要る。別の物語は制度が嫌う。制度が嫌う物語は、雑音の形でしか運べない。


 雑音。捨てられるもの。捨てられたものだけが、後で意味になる。


 僕は呼吸を数えない。


 数えないまま、地上の壁に書かれた四文字を反芻する。


 満足生。


 それは地底の勝利でも地上の敗北でもない。循環の別名だ。循環が止まらない限り、名前だけが変わる。死が生になり、生が死になる。


 その循環を、止めるのではなく、閉じ方を変える。



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