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満足死  作者: 竜造寺。(原案・編集) & ChatGPT(生成)
第3部
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3部 第4話

 市場というのは、欠乏の影で育つ。


 影は光が強いほど濃くなる。地底の光は白い。白い光は清潔で、清潔は善だ。善は影を許さない。影を許さない善ほど、影を深くする。深くなった影は、やがて市場になる。市場は人を動かす。人が動くと制度が動く。制度が動くと、誰も止められない。


 隔離室の中で僕は、遠い地上の市場が立ち上がる音を想像していた。音は拾われない。地底の映像は音を消す。音を消せば罪悪感が消える。罪悪感が消えれば実行しやすい。実行しやすい善は止まらない。止まらない善が、いま地上の経済を作ろうとしている。


 監督官が来た。灰色の制服。薄い表情。薄い表情の裏の焦りが、今日は少しだけ濃い。濃い焦りは、制度がうまくいっていない証拠だ。うまくいっていないという事実が、僕の唯一の希望になる。


「市場遮断を開始した」


 遮断。切る。切るという行為は、外科に似ている。外科は治療だ。治療は善だ。善の刃物は痛みを前提にしない。だが切られたものは痛む。痛むから抵抗する。抵抗が生まれると事故が増える。事故は死だ。地底は死を嫌う。だから切り方を“滑らか”にする。滑らかな遮断。痛みのない遮断。痛みのない遮断は、気づいたときには血が出ている。


 僕は言った。


「点庫を潰すのか」


 監督官は頷かない。


「無効化する。配給の計算系を地底に接続した。点庫で回っていた物流を、別の配分に置換する」


 置換。正しい置換は止まらない。止まらない置換は、同じ構造を別の材料で作り直す。


 壁面の表示板に図が出る。矢印。箱。入力。出力。数値。地上の“点庫”の箱が薄くなり、その上に“生存指標”の箱が被さる。被さるというのは覆うということだ。覆うというのは統治だ。統治を救済と呼ぶ。救済は善だ。善は疑われにくい。


 監督官が続ける。


「装着者の端末ログを基に、配給を最適化する。点庫の配点は意味を失う。意味を失えば市場は萎む」


 萎む。萎むという言い方が柔らかい。柔らかい言い方の裏に、奪うという行為がある。奪うと抵抗が生まれる。抵抗は地上の熱だ。熱は地底の計算を焦がす。焦げた計算は誤差を生む。誤差は事故だ。事故は死だ。地底は死を嫌う。だから誤差を先回りして潰す。潰すために、もっと計算する。計算が増えるほど、世界は数字になっていく。


 僕は言った。


「意味を失っても、市場は死なない。市場は意味ではなく欠乏でできている」


 監督官の目が冷える。冷えは矯正の準備だ。


「欠乏は減らす。投下が続く。配給が安定する。安定すれば不正が減る」


 不正。地底は不正を嫌う。嫌うから記録を増やす。記録を増やすほど、不正は“記録の外側”へ逃げる。外側へ逃げた不正は、より暴力的になる。暴力的な不正は市場の核になる。


 表示板が映像に変わる。地上の拠点。灰の上に、白い物資が並んでいる。端末を装着した者たちが列を作り、端末の光を読取機へかざす。光が点る。光が点ると、配給が出る。配給が出ると、光は通貨になる。通貨になる光は盗まれる。盗まれる光は、死よりも静かに人を殺す。


 列の外側に、端末を持たない者がいる。顔色が悪い。唇が乾いている。目がぎらつく。飢えの目。飢えの目は、秩序を信仰しない。信仰しない者は事故だ。事故は排除される。排除された者は市場へ行く。市場は排除者の街だ。


 列の脇で、誰かが囁いている。映像は音を拾わない。だが唇の動きは読める。地上の言語は、唇に残る。


「……端末、貸す。水、二本」


 貸す。貸すという単語が出た瞬間、通貨が生まれた。貸借が生まれた。貸借が生まれれば未来が縛られる。未来が縛られれば争いが生まれる。争いが生まれれば暴力が生まれる。暴力が生まれれば戦争が生まれる。戦争が生まれれば循環が閉じる。


 監督官が言う。


「それは初期の混乱だ。学習で収束する」


 収束。数学の祈り。収束するという信仰。信仰は責任を薄める。薄めた責任の上で実行が進む。進めば止まらない。


 僕は言った。


「混乱は初期ではない。仕様だ。端末が通貨になった以上、貸す者と借りる者が生まれる。貸す者は権力になる。権力は暴力を呼ぶ」


 監督官が短く言う。


「暴力指数は下がっている」


 数字を出される。数字は委員会の神託だ。神託に逆らう言葉は矯正される。だが数字には欠落がある。数字は測れるものしか測らない。測れないものは、最初は存在しないものとして扱われる。存在しないものが、最も危険だ。


 映像が切り替わる。別の場所。薄暗い瓦礫の下。そこに人が集まっている。端末の光を隠すように腕を布で覆い、互いに腕を突き出している。光を見せ合っている。光を見せ合うという行為は、通貨の取引だ。地底が配った生存が、闇の市場で交換されている。


 監督官が言う。


「遮断の対象を追加する。端末の個体認証を強化する。貸借を抑止する」


 抑止。抑止は軍事の語彙だ。地底は戦争から逃れたはずなのに、戦争の語彙を捨てられない。捨てられない語彙は、構造が同じだという証拠だ。構造が同じなら、結果も似る。


 僕は言った。


「認証を強化すれば、偽造が生まれる」


 監督官の眉が僅かに動く。誤差。誤差は焦り。


「偽造は取り締まる」


 取り締まる。取り締まると市場は熱くなる。熱くなる市場は暴力を孕む。孕んだ暴力は、死を必要数として呼び戻す。呼び戻された死は、地上の制度にとって都合がいい。地上は死を通貨にしていた。死が戻れば、点庫の亡霊が息を吹き返す。


 僕は言った。


「取り締まりは、点庫を復活させる。地上は取り締まりを好む。取り締まりを点にする」


 監督官が言う。


「点庫は潰す。潰せば終わる」


 終わる。終端の幻。制度は終端を嫌う。嫌うくせに、終端を掲げる。掲げた終端は、いつも先延ばしにされる。先延ばしにされた終端は永遠になる。永遠になった救済は支配になる。


 そのとき、監督官の端末が鳴った。規定値の音ではない。事故の音。事故の音は、制度が忙しくなった証拠だ。忙しくなった制度は盲目になる。盲目になった制度の中で、ゼロは動ける。


 監督官が表示を確認する。顔が硬くなる。硬さは恐れだ。恐れは亀裂だ。


「内部ログに欠落がある」


 欠落。僕の仕込んだ穴。穴が音を出した。音が出れば制度は塞ごうとする。塞ごうとすれば忙しくなる。忙しくなれば盲点が増える。盲点が増えれば、穴は別の場所へ移動できる。穴は生き物だ。制度も生き物だ。生き物同士は、いつも相手の裏を取ろうとする。


 僕は言った。


「欠落を埋めれば、もっと欠落が増える」


 監督官が僕を見る。目が冷たく、同時に少しだけ震える。震えは怒りではない。恐れだ。恐れは、彼女が自分の支配が完璧ではないと知っている証拠だ。


「あなたが何をしたか、いずれ確定する」監督官が言う。


 確定。燃えない帳簿。帳簿が僕を追う。だが帳簿が追うには、帳簿が一貫していなければならない。一貫していない帳簿は神託になれない。神託になれない帳簿は、委員会を迷わせる。迷いは遅延になる。遅延は時間だ。時間があれば、ゼロは外へ出られるかもしれない。外へ出られれば、地上のどこかで欠落が“言葉”になるかもしれない。


 僕は言った。


「確定できないようにした。正しい説明を成立させないために」


 監督官が言う。


「正しい説明がなければ、救済は混乱する。混乱は死を増やす」


 死。地底の恐怖。死が増えると言われると、地底の人間は思考を止める。止めれば従う。従えば救済は進む。進めば止まらない。


 僕は言った。


「混乱は死の前に、名を守る」


 名。地底が軽視する単語。名は数字になりにくい。数字になりにくいものは管理しにくい。管理しにくいものだけが、制度の外側に残る。外側に残ったものだけが、制度を止められる可能性を持つ。


 監督官は短く言った。


「名で飢えは止まらない」


 止まらない。止まらない飢え。止まらない善。止まらない市場。


 僕は思う。


 飢えを止めるだけなら、地底は正しい。だが飢えを止める方法が、未来を縛るなら、飢えは別の形で戻る。戻る飢えは、もっと見えない。見えない飢えは、もっと残酷だ。


 壁面の映像で、闇の市場が大きくなる。光が交換され、端末が貸され、偽造らしき光がちらつく。光の取引の背後で、銃が見える。銃は死の通貨の執行装置だ。執行装置が市場の裏に立つとき、市場はもうただの市場ではない。戦線になる。


 戦線になった市場は、地底の投下を食い物にする。


 監督官が言う。


「遮断を強める。地上の自主性を削る」


 削る。削るという単語が出た瞬間、救済は統治になる。統治になった救済は、終わらない。


 僕は言った。


「削れば抵抗が濃くなる。濃くなった抵抗は、美学になる」


 美学。満足死。死の美学が制度になった地上では、抵抗も美学になる。美学になった抵抗は止まらない。止まらない美学は、正しさと同じ速度で走る。


 監督官が扉へ向かう。忙しさの中で去っていく。去り際に、彼女は一度だけ振り返った。


「あなたの言葉は危険だ。だが……今は必要だ」


 必要。必要は免罪符。必要と言えば、どんな暴力も正当化できる。地底はその論理で生きている。生きているというより、死なないためにそれを選んだ。選んだ結果、止まらない善になった。


 扉が閉まる。


 隔離室に静けさが戻る。静けさは無音ではない。機械音がある。空調がある。規定値の世界は音で満ちているのに、意味だけが薄い。


 僕は呼吸を数えない。


 数えないまま、ゼロを思う。彼は外部媒体を持っている。欠落を持っている。欠落は武器ではない。武器にすると正しく壊す。正しく壊すと止まらない。欠落は、武器ではなく躓きだ。躓きは事故だ。事故は危険だ。危険は矯正される。だが危険がなければ、制度は永遠に滑らかだ。


 地上の市場は、もう立った。


 遮断は始まった。


 遮断された市場は、より濃くなる。


 濃くなった影の中で、誰かが新しい通貨の名前を付けるだろう。生存。光。腕輪。呼吸。


 名前が付いた瞬間、物語が始まる。


 物語が始まる前に、僕は名を守らなければならない。名が守られれば、物語は制度のものになりきらない。制度のものになりきらない物語は、どこかで逸れる。逸れは事故だ。


 事故が起きる場所にだけ、第三の道は生まれる。

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