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満足死  作者: 竜造寺。(原案・編集) & ChatGPT(生成)
第3部
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3部 第3話

 装着という行為は、皮膚の上で終わっているように見えて、実際には言語の上で完了する。


 皮膚に巻くものは首輪に見える。首輪は支配だ。支配は露骨だ。露骨な支配は抵抗を生む。抵抗が生まれると事故が増える。事故は死だ。死は悪だ。だから地底は露骨さを嫌う。露骨さの代わりに、柔らかい単語を選ぶ。治療。選択。最適化。装着。


 柔らかい単語は、痛みのない拘束と同じだ。気づいたときには、もう外せない。


 隔離室の天井は、相変わらず白い。白さは善の顔だ。善の顔は疑われにくい。疑われにくい顔で、地底は地上に触れている。触れるのは指先。指先が触れた場所から、地上の語彙が変質していく。語彙が変質すると、思考が変質する。思考が変質すると、制度が変質する。変質した制度は、別の制度になる。別の制度になっても、構造が同じなら、結局同じ場所へ戻る。


 戻る先は、循環だ。


 監督官が僕の隔離室へ入ってきた。彼女の顔は薄い。薄い顔の奥に、硬い焦りがある。焦りは事故の兆候だ。事故は死だ。監督官は死を嫌う。嫌うから焦る。焦りは矛盾だ。矛盾は人間の証拠だが、制度の人間は矛盾を嫌う。


「装着率が想定より高い」


 監督官はそう言った。成功の言葉に似ている。成功は止まらない。


 僕は言った。


「飢えがある。水がある。呼吸がある。抗線量がある。装着の拒否は……死に近い」


 監督官が頷かないまま言う。


「拒否は死ではない。だが供給の効率は落ちる。効率が落ちれば救える数が減る。救える数が減るのは悪だ」


 悪。地底は悪を嫌う。嫌うから悪を避ける。避けるために善を固定する。固定された善は、別の悪を生む。


 壁面の表示板に映像が出る。地上の拠点。瓦礫と灰。そこに、地底の白い端末が置かれている。端末は、腕に巻くタイプだ。手首。脈を取れる位置。脈は生存の指標だ。生存を測ることで、生存を配る準備をしている。


 配る生存は通貨になる。


 通貨になった生存は市場を生む。


 市場は戦争を生む。


 戦争は循環を生む。


 循環は止まらない。


 映像の中で、男が端末を手に取る。彼は痩せている。頬骨が出ている。目がぎらつく。ぎらつきは飢えの目だ。飢えの目は、善を掴む。掴むために、彼は端末を腕に巻く。巻くと、端末が淡い光を点す。光が点る。点るというのは、点が生まれるということだ。点制度は死を通貨にした。生存指標は光を通貨にする。


 男は腕を見下ろす。笑う。笑いは安堵だ。安堵は善の証拠だ。善の証拠が、支配の証拠でもあることを、地上の彼はまだ知らない。


 別の女が近づく。女の手は震えている。震えは恐れだ。恐れは事故の兆候だ。事故は死だ。地上では死は至上だ。至上の死を信仰する世界で、恐れは恥になる。恥は点になる。点が恥を量る。量られた恥は暴力を呼ぶ。


 女が男に言う。


「それ……何……」


 疑問符はない。だが問いはある。地上では問いが生きている。問いが生きている世界は、まだ死んでいない。


 男が答える。


「地底のやつらの……救いだ」


 救い。救いという単語が出た瞬間、端末は首輪ではなくなる。首輪ではない救いとして定義された瞬間、拒否は悪になる。悪になれば、拒否者は排除される。排除は死を呼ぶ。死が呼ばれれば、地上の制度はまたそれを通貨にする。


 監督官が横から言った。


「言語が浸透している。救い。選択。治療。あなたの懸念は過大評価だ」


 過大評価。便利な否定。だが過大評価の裏には、評価がある。評価があるということは、地底も危険を認識している。認識している危険を、“過大”として片付けるとき、制度は自分の速度を守ろうとしている。速度は止められない。止められない速度は事故を呼ぶ。事故は死だ。地底は死を嫌う。嫌うくせに速度を落とさない。


 映像が切り替わる。別の拠点。ここは点庫の影が濃い。壁に残るスローガン。満足。完遂。静粛。観衆同期。死の美学。美学が制度になった世界。制度になった美学は、他の制度も美学にしてしまう。


 そこに、端末が配られる。


 痩せた男が端末を手に取らず、足で蹴った。蹴るという行為は、抵抗だ。抵抗は地上の熱だ。熱は生々しい。生々しい抵抗は、地底の最適化では読み切れない。


 男が言う。


「首輪だ。生き残りを餌にして、俺らの死を奪う」


 死を奪う。地上で死は至上だ。至上を奪われるのは暴力だ。暴力には暴力で返す。返された暴力は戦争になる。戦争は循環を生む。


 女が言う。


「でも……水だよ。呼吸だよ。私、もう……」


 言葉が詰まる。詰まるというのは、語彙が足りないということだ。語彙が足りないと人は沈黙する。沈黙は制度の味方だ。沈黙の上に、制度の語彙が乗る。乗った語彙が、世界を定義する。


 男が笑う。笑いが冷たい。冷たい笑いは、地底の笑いに似ている。


「生き残って何になる。ここは満足死の世界だ。死ぬために生きるんだろ」


 死ぬために生きる。地上の矛盾。矛盾が制度になった世界では、矛盾は矛盾ではない。正しい。正しい矛盾は止まらない。


 そこで別の人物が現れる。制服。古い軍服の残骸みたいなもの。腕に点庫の紋章。紋章は権威だ。権威は言語を奪う。奪われた言語の上で、人間は従う。地上も地底も同じだ。


 人物が言う。


「端末は“入庫”だ。装着者は救済対象。非装着者は……査定対象」


 査定。地上の語彙。地底が持ち込んだはずの語彙が、地上の語彙に飲み込まれている。飲み込まれた瞬間、救済は救済ではなくなる。救済は点庫の延命になる。


 僕は隔離室の中で、小さく息を吐いた。数えない。数えないまま、ここにある構造を見た。


 装着は、地底が意図した通りには進まない。


 地上は制度を食う。制度を食って、自分の制度にする。地上は死を通貨にした。今度は生を通貨にする。生を通貨にすれば、地底の計画は成功したように見える。死が減るからだ。だが成功の顔をした変質は、別の戦争を生む。


 監督官が言う。


「見たか。抵抗は局所だ。装着は進む。生存指標は機能する」


 機能する。機能するという言葉は、倫理を無効化する。機能する機械に倫理は不要だという錯覚を生む。錯覚が生まれると、罪悪感が消える。罪悪感が消えると止まらない。


 僕は言った。


「機能はする。だが意味が変わる。意味が変わると、同じ機能が別の結果を生む」


 監督官の目が細くなる。冷え。矯正の準備。


「あなたは混乱を拡大解釈している」


 拡大解釈。過大評価。便利な否定が並ぶ。否定が並ぶのは、制度が揺れている証拠だ。揺れているから、言葉で抑えようとする。


 僕は言った。


「地上の点庫が、地底の端末を入庫に変えた。もう始まっている。あなたたちが“選択”と呼んだものは、地上では“査定”になる」


 監督官が端末を操作する。別の統計が出る。装着率。非装着者の線量推移。死亡推定。数値が踊る。踊る数値は、委員会の神託だ。神託に逆らうのは悪だ。悪は矯正される。


「死者は減っている」監督官が言う。「結果が善だ。善があるなら進む」


 進む。止まらない。


 僕は思う。


 正しく壊すと止まらない。


 地底は正しく救おうとしている。正しく救えば、支配は正しく完成する。完成した支配は、もう壊せない。壊せない支配は、地上と地底を同じ眠りへ沈める。


 眠りの中で、名は消える。


 リーヴの名は、僕の中で燃えている。燃え続ける名を、矯正は削ろうとする。削れば滑らかになる。滑らかになれば安心する。安心は善だ。善は疑われにくい。疑われにくい世界は、怖い。


 監督官が言う。


「次の段階へ移る。市場遮断だ。点庫を無効化する。あなたは追加の説明資料を作れ」


 説明資料。言語を整えろ。正しい説明を作れ。正しい説明は止まらない。


 僕は言った。


「僕は正しい説明を作れない。欠落があるからだ」


 監督官の目が止まる。止まった目は事故の兆候。事故は死。だがこの事故は、僕が仕込んだ事故だ。


「欠落……」監督官が言う。「何の欠落だ」


 僕は答えない。答えない沈黙は、空白を増やす。空白は制度の辞書に載らない。載らないものは、しばらく自由だ。自由なものは火種になる。火種が燃えれば、指先は震える。


 監督官が言う。


「あなたは隔離を継続する。矯正を強める。欠落を埋める」


 埋める。埋めるという単語が出た瞬間に、僕は勝った気がした。勝つというのは大げさだ。だが制度が“埋めるべき穴”を認識したなら、その穴は制度の中で音を出し続ける。音が出ると事故になる。事故は検知される。検知された事故は対処される。対処は忙しさを生む。忙しさは盲点を増やす。盲点が増えれば、ゼロが動ける。


 ゼロ。


 名を持たない青年。彼が外部媒体を持っている。彼が生き残れば、欠落は外にある。外にある欠落は、地底の内側だけでは埋められない。埋められないものがある限り、計画は完全には収束しない。収束しなければ、最適化は完璧にならない。完璧でない支配は、どこかで躓く。


 躓きは事故だ。


 事故は危険だ。


 危険は矯正される。


 だが危険がなければ、出口はない。


 壁面の映像の端で、端末を腕に巻いた男が、ふと自分の腕を撫でた。撫でた指先が、皮膚の上の装着物を確かめる。確かめるという行為は、まだ自分が自分だという確認だ。確認が残っている限り、人間は完全には道具にならない。


 その男が、小さく呟く。音は拾われない。だが唇の形は読める。


「……これで、生き残れる」


 生き残れる。


 生き残ることが善である。


 善の言葉が、地上の唇に乗った瞬間、地底の介入は成功したように見えた。


 成功したように見える瞬間が、最も危険だ。

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