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流れる涙をそのままに

作者: safu
掲載日:2025/10/10

「…あっ…!…申し訳ありません…!」


可愛らしい声が、小さいのによく響いた。

か細く震え、何やら謝っているようだ。

何事かしら?と思って見回すと、こちらを見ている少女と目が合った。


少女の横には、我が国の第一王子殿下もいらっしゃる。


あら、いつからカフェテリアにいらしたのかしら。

珍しいこと。


「殿下、挨拶が遅れまして申し訳ございません」


裾をつまみ、王族への挨拶をしておく。


友人と話していたから気付かなかったわ。

わりと近くにいらしたのに。


「学園だからね、楽にしなよ」と朗らかに仰る殿下。


「あの…私平民なのに…すみません気に入らなかったですよね…」


私と殿下の挨拶の合間に、また声を発する先ほどの少女。


この方は、ずっと誰に話しかけていらっしゃるのかしら?

きっと彼女達の会話の合間に、私が入ってしまったのね。


「ご歓談中に失礼いたしましたわ」


今度は軽く礼をして下がろうとしたら


「す…すみません!私なんかが話しかけちゃって…!」とまた声がした。


続いて震える声で「お許しください…マリーローゼ様…」と聞こえたので、もう一度振り返る。


ずっと私に言ってらしたのかしら。

下のものから話しかけるわけないと思って、その可能性を考えていなかったわ。


でも、なぜ私の名前を呼ぶのかしら?

たぶん呼んでいるのよね?

ちょっと違うんだけれど。


「バールレ公爵家のマリーロー()ですわ。はじめまして」


微笑んで挨拶をしたら、なぜかプルプルしてらっしゃる。

さらに謎な事に、殿下の腕の裾を掴んでいらっしゃる。


一瞬そちらに視線が行くと


「あ…!すみません…!わたしったら!」と涙をこぼしはじめてしまった。


名乗らず、謝罪を4回。5回?

何に対する謝罪かも分からないし、挨拶がないから会話にもならない。


平民だと言ってらしたから、特待生の方ね。


少女の周りには男性が数名、ぐるりと囲うように立っている。

私の妹の婚約者である第一王子殿下、それと彼の側仕えが数名。


私と殿下とは同い年なので、成長過程で度々顔を合わせていた。

でも、挨拶以外でこうして言葉を交わすのは久しぶりだわ。


妹が殿下と婚約している事から分かるように、我が家の権勢は殿下にかかっている。

父が、第一王子殿下に人生賭けて全ベットしているわけだ。


その昔、私は幼かったからよく知らないけれど、それはそれは激しい権力闘争があったらしい。


大人達のすったもんだがあり、何人かの不審死を経て、私が隣国へ嫁ぐ見返りに、妹が【第一王子の婚約者】になった。


これ、お父様の一人勝ちよね。

今のところ、殿下()()が王位継承したら、処刑されるレベルで権勢を誇ってらっしゃるわ。


権力者の子女というのは――私や妹ね――家にとって最適な位置を見極め、他家に先んじて配置しておく手駒。

盤面で望まれた役割をこなす以外、身動き一つ許されない。


まだ自身の権力を持たない殿下だから、現時点では私達とさほど変わらないのよ。


立太子を待つ第一王子殿下、という盤面で。

ピカピカ輝くキング、という駒なの。


だから、今のところ殿下と公爵家は一蓮托生。

立太子前に公爵家が失速すれば、殿下は不慮の事故にでもあう。

殿下が凋落すれば、立太子後であろうと父は早世する。



そんな殿下(キング)の横に立つ少女。

なぜか謝罪を繰り返し、涙を流したっきり挨拶もしない彼女は、どこに置かれる予定なのかしら。


あ、殿下が肩を抱いたわ。

そして涙を拭ったわ。

まぁ…頬に手をやって見つめ合っているわ!


なるほど。

愛妾候補かしら?



――少女からの挨拶を待つ間、流れる涙を見つめつつ、取り留めなくそんな事を考えていたけれど。




引き続き、現状は以下の通り。


ひたすら泣く少女。

気遣わしげに少女を抱き寄せている殿下。

痛ましげにそれを見つめる側近たち。



――私は何を待っているんだろう。

公爵家の者が名乗ったのに返事もせず放置するなんて、今まで無かったから反応に困るわ。


平民だと名乗り合わないのかしらね。

でも、そうしたらお名前はいつ知るのかしら。

あ、私から聞くのね?

でもずっと泣いてるらっしゃるし…

いいわ、殿下のお側に侍るのならまた会うでしょう。


「お加減の宜しい時にまた」


微笑んで立ち去る事にしましょう。

何か聞こえるわね。

あぁ惜しいわ。


マリ()ローズじゃなく、マリーローズよ。


◇◇◇


この国と隣国って、お隣同士だからあんまり仲良くないの。


あちらこちらで小競り合いをして、小競り合いが大きくなって戦端が開き、疲弊しては休戦、をずっと繰り返してるんだけど。


お互いに国内の権力闘争が激化しちゃって、いまお隣から攻め込まれたくない!だけ意気投合したのが、ちょうど10年前よ。


で、両国の王族で結婚して和平、っていう常套手段に出たかったみたいなんだけれど。


こっちもあっちも王女がいない。


あちらの王太子はその時すでに30歳過ぎで、息子も3人いて。

そうなると、今から側室で嫁がせても旨味が少ない。


逆に向こうは、未来の王妃として侯爵令嬢を送ると言い出して。

こちらの王妃があちらの侯爵令嬢なんて、国辱よ。


揉めに揉めたらしいわ。


で、なぜか。

私が向こうの王弟殿下に嫁ぐ、で話が纏まったらしい。


大丈夫?抑止力として足りてる?と思ったけれど、嫁げと言われれば嫁ぐ、それが貴族。


17歳の誕生日に輿入れ予定よ。

王弟殿下はおいくつになられるのだったかしら。

58歳?たぶんそれくらい。

このあいだ3人目のお孫様がお産まれになったそうだから、お祝いを贈らないと。


妹は私の5つ下だから、婚姻は数年後になるはず。

さっきの少女の事は知ってるのかしら。

帰ったら聞いてみましょう。


◇◇◇


その後も、時折あの少女をみかけたのだけど。

水浸しで泣いていたり、ボロボロの何かを持って泣いていたり、色々な殿方の胸で泣いていたわ。


変化に富んだ毎日をお送りのようで、内緒だけれど、少し羨ましく思ったり。

ついつい目で追ってしまうのよね。

その視線を受けてなのか、あれ以降、よく殿下からお声掛けをいただくようになったわ。


「おまえがいじめの首謀者か」だとか

「嫉妬に狂った妹の差し金か」だとか

「権力を笠に着て見苦しい」だとか


大きな声を出して楽しそうですわね。

そういうお遊び?

お付き合いした方がいいのかしら?

遊び心がなくて申し訳ないわ。


でもどうしようかしら。

あんなにはっきり寵愛を示されてしまうと、さすがに困るのだけど。


そうだわ。

一度我が家にお呼びしましょう。

きちんとお話ししたら、わかってくださるわ。


◇◇◇


「あら?殿下がいらしたの?しかも私をお呼びで?」


我が家にいらっしゃるなんて、珍しい事もあるものね。最近は妹ともお会いになってないのに。


応接室にいらっしゃる殿下は、苛立ちを隠す事なく立ち歩いていて、余裕のないご様子。

挨拶も返さずこちらを睨みつけているわ。


「殿下、どうなさいました?」

「貴様…!よくもそのように白々しく…!」


こちらの質問に答えないから、会話にならないわ。

最近はこのお遊びばかりなさるのだもの。

他の方と遊んでくださらないかしら…私ったら未だに楽しみ方が分からなくて。


扇子を半分ほど開いて口元に持っていき、「困った方だこと」と意思表示をして待つ。

こうしておけば、殿下や他の殿方が何かしら大声で叫んで、お遊びはおしまいになるのよ。


「彼女が…!貴様らが殺したんだろう!?」

「彼女…?あぁそうでしたわね。お悔やみ申し上げますわ」


いつも涙に濡れていたあの少女は、つい先日、遺体で見つかったと聞いたわ。

どなたかと街歩きしている最中に、はぐれてそのまま行方知れずになっていたみたいなんだけれど。


「いえ、我が家ではございませんことよ」


殿下は少女との関係を深め続け、とうとう「正妃に迎えたい」とまでのぼせ上がってらしたの。

男爵令嬢を正妃に、公爵令嬢を側妃にだなんて、枢密院が認めるはずございませんのに。


王位を継がないのであれば正妃も側妃もございませんけれど。

王位継承戦から退いて臣下に下ったところで、火種になる第一王子がいつまで生きていられるやら…


「寵愛深い事を早くから喧伝(けんでん)なさるのは危険です、とお伝えしましたでしょう?」


殿下が平民上がりを「正妃に据える」とまで仰ったら、()()()と思う者だって出ますもの。


少女を排除したのは、均衡を保っている第二王子派閥の貴族?

父ではないと思うのよね。

彼女はそれなりに有用だったもの。


第二王子派閥の貴族達からしたら、身分の低い令嬢でいいのならいくらでも充てがえますし、「当人同士が想いあっている」で押し通してしまえば、立太子の両面待ちですからね。


あ、お分かりになる?

東方伝来の盤面遊戯ですわ。

リャンメン待ちって言いたくなりません?


分かりやすく説明したつもりなんですけれど、殿下はまだ怖いお顔だわ。


「危険だと分かっていながら、何もしなかったのか!?」

「いえ、我が家へお誘いしましたでしょう?」


彼女の安全のために、いくつかご提案しようかと当家に赴いてもらったの。

呼んでない殿下も付いてらしたのに、お忘れになったのかしら。


「彼女をどうされるおつもりですか?と殿下に伺いましたら、「手出し無用だ」と仰いましたよね?」


殿下がお守りになるのね、って妹も安心してましたのに。

護衛もつけずに街歩きだなんて…


「殿下の外戚を狙う者はたくさんおりますのよ。"後ろ盾"という意味で力足らずだった貴族が、()で第一王子の妃に成り代われると知れば、どういう行動に出るか…お気付きではなかったのですか?」


殿下ったら、うっかりさんなんだから。

せっかくの有用な駒を失くしてしまうなんて。


「残念ですわ…民の不満を逸らすには、愛妾の処刑がとっても効果的ですのに」


まぁとっても驚いているお顔。彼女の有用性にもお気づきでなかったのかしら?


「彼女、たいそうな野心家で、虚栄心の塊みたいな方でしたでしょう?ああいうタイプは、きちんと罪状を重ねてくれるんですわ。冤罪を(こしら)える労力すらいらないだなんて」


さすが殿下ですわ。

あそこまでの人材を見繕うなんて

彼女、逸材でしたわね。


誤解も解けたところで、帰ってくださらないかしら?

私の輿入れが早まってしまって、とても忙しいのよね。


「ご存知の事かと思いますが、隣国の不作で私の輿入れが早まりましたでしょう?鬱憤晴らしの処刑が必要になったんでしょう。殿下とお会いするのも、これで最後ですわ」


締めの挨拶にしようと、微笑みかける。

そういえば、殿下はこの笑い方にもご不満があったみたいね。

貼り付けただけの冷たい笑みで、なんの魅力もないと仰ってたわ。


――そうだ。


「首を落とされるときに、処刑台の上で泣いてみようかしら」


人前なのに、声を出して泣くだなんて、すごいことよ。

あの狡猾な少女のように、"私ってなんて可哀想なのかしら"って泣くの。


「あんな風に泣けたら気持ちいいんでしょうねって、ずっと思ってましたのよ」


殿下が凋落したら、口を開けて笑ってみようと思ってたんですけれど。

見届ける時間は無さそうですし。

どうせ父がなんとかしてしまうでしょうしね。


「なんと仰ってましたかしら――仮面のような笑顔、でしたか?お気に召さないかと存じますが、これしか許されておりませんの」


殿下に別れの挨拶をする。

鞭とともに学んだカーテシーと、頬を噛んで覚えた微笑みで。




「殿下。そのハンカチは差し上げますわ。拭いたら捨てておしまいになって」


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