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第9話 唯人プロデュース・映画と猫カフェ

泉プロデュースのお家デートでざわめいた空気が、まだ教室に残っている。

 そんな中、朝霧先生が次のプリントを手に取った。

「続いて、鷹宮・白羽ペア。男子プロデュースの結果を発表します」

 教室が一斉にざわつく。

「おい、また何かやらかすんじゃね?」

「いや、さすがに今度は真面目にやるだろ」

「でも白羽さん相手だしなぁ……」

 ──うるさい。

 俺は心の中で毒づきながらも、緊張で手のひらがじっとりと汗ばんでいた。

(……次は俺の番か。泉を楽しませられたのか──数字で突きつけられる)

 ──当日の朝。

「……で、どこ行くの?」

 駅前に現れた泉が、眠そうな声で尋ねてきた。

「まずは映画。その後は、猫カフェだ」

「……猫カフェ?」

 ほんの一瞬、泉の目が揺れた気がした。

(あ、今……色が変わった)

 わずかに、泉の輪郭に淡い橙色が差した。

 俺の目には、人の感情が色として浮かぶ。

 興味、好奇心──そんな色。

(やっぱり……猫、好きなんだな)

 心の中で小さく頷きつつ、俺は歩き出した。

 映画館。選んだのはアクション要素のあるラブコメ作品。

 泉は腕を組んで静かに座っていたが、スクリーンの明かりが彼女の頬を照らしたとき──淡い青から橙へと色が移ろった。

(……笑ってる?)

 ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。

 俺の心臓も落ち着かなくなる。

 映画が終わり、館内の灯りが戻る。

「どうだった?」と俺が聞くと、泉は視線を逸らしながら「……まあ、悪くなかった」とだけ答えた。

 だが俺の目には、まだ彼女の周囲に残る橙色がはっきりと見えていた。

(やっぱり、楽しんでるんだ)

 次は猫カフェ。

 扉を開けると、柔らかな空気と鳴き声が迎えてくれた。

 泉の瞳が一瞬、大きく見開かれる。

 その瞬間、色がぱっと明るい桃色に変わった。

「……かわいい」

 小さな声でつぶやき、泉は膝に飛び乗ってきた猫を抱き上げた。

(こんな顔もするんだな……)

 普段の無表情とのギャップに、不覚にも見入ってしまう。

 猫に頬をすり寄せている横顔は、普段の冷たさよりもずっと柔らかかった。

 俺も隣で猫を撫でる。ふわふわとした毛並みに癒やされ、気づけば俺自身も橙色の色合いに包まれていた。

(……楽しいな)

 そんなとき、ふと口をついて出てしまった。

「なあ、なんでそんなにこの学校の制度に反対してるんだ?」

 泉は猫を撫でながら、一瞬だけ手を止めた。

 その色が、桃から薄い灰色へと揺らぐ。

「……どうしてって、簡単なことよ」

 彼女は視線を猫に落としたまま、淡々と続けた。

「私たちの気持ちなんて無視して、数字や指標で恋愛を管理する。……そんなもの、恋愛でも何でもない」

「でも……少子化対策っていう建前はあるだろ」

「建前で人の気持ちを縛るなんて間違ってる」

 吐き捨てるように言ったその声に、いつもの冷たさよりも強い感情が滲んでいた。

 彼女の周囲に、一瞬だけ濃い赤紫色が広がる。

(怒り……いや、それだけじゃない。反発心と……どこか寂しさ、か?)

 泉はそれ以上は語らず、再び猫に視線を戻す。

「……この子たちはいいわね。誰に指図されなくても、好きに生きてる」

 猫を抱いた彼女の横顔は、皮肉な言葉とは裏腹にどこか儚げで。

 俺はそれ以上、問いを重ねることができなかった。

 ──そして翌日、結果発表。

「鷹宮・白羽ペア。男子プロデュースのデート──男子満足度83点、女子満足度91点。総合評価は87点。クラス2位だ。」

 朝霧先生の声が響いた瞬間、教室が大きくざわめいた。

「は? 2位!?」

「嘘だろ、白羽さんが91!?」

「お家デートの次がこれって……振れ幅すごすぎだろ」

 俺は結果を見つめながら、心の中で息を吐く。

(……たまたま、泉が好感を示したものが俺の楽しめるものだった。ただ、それだけだ)

 そう自分に言い聞かせたが、胸の奥が妙に熱い。

 ちらりと横を見ると、泉が小さく俯いていた。

 普段は冷たい顔を崩さない彼女が、ほんのわずかに頬を染めている。

 ──そして、俺の目には。

 彼女の輪郭に、淡い桃色がふっと灯ったのが見えた。

 恥じらい、照れ……そんな感情の色。

「……べ、別に。猫が好きなだけだから」

 小声でそうつぶやく彼女に、クラスメイトの視線が集中する。

「おーい、白羽さん可愛いー!」

「意外とチョロいぞ!」

 泉は「うるさい!」と珍しく声を荒げ、顔を真っ赤にして反論した。

 そのとき、桃色の色合いはさらに濃くなっていく。

 教室中が爆笑の渦に包まれる。

 俺はというと──心臓の高鳴りを必死に抑えながら、ただ黙って席に座っていた。

明日も公開予定です!

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