第9話 唯人プロデュース・映画と猫カフェ
泉プロデュースのお家デートでざわめいた空気が、まだ教室に残っている。
そんな中、朝霧先生が次のプリントを手に取った。
「続いて、鷹宮・白羽ペア。男子プロデュースの結果を発表します」
教室が一斉にざわつく。
「おい、また何かやらかすんじゃね?」
「いや、さすがに今度は真面目にやるだろ」
「でも白羽さん相手だしなぁ……」
──うるさい。
俺は心の中で毒づきながらも、緊張で手のひらがじっとりと汗ばんでいた。
(……次は俺の番か。泉を楽しませられたのか──数字で突きつけられる)
◆
──当日の朝。
「……で、どこ行くの?」
駅前に現れた泉が、眠そうな声で尋ねてきた。
「まずは映画。その後は、猫カフェだ」
「……猫カフェ?」
ほんの一瞬、泉の目が揺れた気がした。
(あ、今……色が変わった)
わずかに、泉の輪郭に淡い橙色が差した。
俺の目には、人の感情が色として浮かぶ。
興味、好奇心──そんな色。
(やっぱり……猫、好きなんだな)
心の中で小さく頷きつつ、俺は歩き出した。
◆
映画館。選んだのはアクション要素のあるラブコメ作品。
泉は腕を組んで静かに座っていたが、スクリーンの明かりが彼女の頬を照らしたとき──淡い青から橙へと色が移ろった。
(……笑ってる?)
ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。
俺の心臓も落ち着かなくなる。
映画が終わり、館内の灯りが戻る。
「どうだった?」と俺が聞くと、泉は視線を逸らしながら「……まあ、悪くなかった」とだけ答えた。
だが俺の目には、まだ彼女の周囲に残る橙色がはっきりと見えていた。
(やっぱり、楽しんでるんだ)
◆
次は猫カフェ。
扉を開けると、柔らかな空気と鳴き声が迎えてくれた。
泉の瞳が一瞬、大きく見開かれる。
その瞬間、色がぱっと明るい桃色に変わった。
「……かわいい」
小さな声でつぶやき、泉は膝に飛び乗ってきた猫を抱き上げた。
(こんな顔もするんだな……)
普段の無表情とのギャップに、不覚にも見入ってしまう。
猫に頬をすり寄せている横顔は、普段の冷たさよりもずっと柔らかかった。
俺も隣で猫を撫でる。ふわふわとした毛並みに癒やされ、気づけば俺自身も橙色の色合いに包まれていた。
(……楽しいな)
そんなとき、ふと口をついて出てしまった。
「なあ、なんでそんなにこの学校の制度に反対してるんだ?」
泉は猫を撫でながら、一瞬だけ手を止めた。
その色が、桃から薄い灰色へと揺らぐ。
「……どうしてって、簡単なことよ」
彼女は視線を猫に落としたまま、淡々と続けた。
「私たちの気持ちなんて無視して、数字や指標で恋愛を管理する。……そんなもの、恋愛でも何でもない」
「でも……少子化対策っていう建前はあるだろ」
「建前で人の気持ちを縛るなんて間違ってる」
吐き捨てるように言ったその声に、いつもの冷たさよりも強い感情が滲んでいた。
彼女の周囲に、一瞬だけ濃い赤紫色が広がる。
(怒り……いや、それだけじゃない。反発心と……どこか寂しさ、か?)
泉はそれ以上は語らず、再び猫に視線を戻す。
「……この子たちはいいわね。誰に指図されなくても、好きに生きてる」
猫を抱いた彼女の横顔は、皮肉な言葉とは裏腹にどこか儚げで。
俺はそれ以上、問いを重ねることができなかった。
◆
──そして翌日、結果発表。
「鷹宮・白羽ペア。男子プロデュースのデート──男子満足度83点、女子満足度91点。総合評価は87点。クラス2位だ。」
朝霧先生の声が響いた瞬間、教室が大きくざわめいた。
「は? 2位!?」
「嘘だろ、白羽さんが91!?」
「お家デートの次がこれって……振れ幅すごすぎだろ」
俺は結果を見つめながら、心の中で息を吐く。
(……たまたま、泉が好感を示したものが俺の楽しめるものだった。ただ、それだけだ)
そう自分に言い聞かせたが、胸の奥が妙に熱い。
◆
ちらりと横を見ると、泉が小さく俯いていた。
普段は冷たい顔を崩さない彼女が、ほんのわずかに頬を染めている。
──そして、俺の目には。
彼女の輪郭に、淡い桃色がふっと灯ったのが見えた。
恥じらい、照れ……そんな感情の色。
「……べ、別に。猫が好きなだけだから」
小声でそうつぶやく彼女に、クラスメイトの視線が集中する。
「おーい、白羽さん可愛いー!」
「意外とチョロいぞ!」
泉は「うるさい!」と珍しく声を荒げ、顔を真っ赤にして反論した。
そのとき、桃色の色合いはさらに濃くなっていく。
教室中が爆笑の渦に包まれる。
俺はというと──心臓の高鳴りを必死に抑えながら、ただ黙って席に座っていた。
明日も公開予定です!