第5話 噂と孤立、そしてS評価
「学園史上初のF評価」──その言葉は、翌日にはすでにクラス中に広まっていた。
「鷹宮と白羽がFだってよ」
「ゼロ点ってあり得る? ていうか初めてらしいぞ」
「やっぱり、白羽さんがあの態度だから……」
ひそひそ声は教室のあちこちから聞こえてきた。
笑い混じりのもの、興味本位のもの、同情を装ったもの。
俺に向けられる視線は、いずれも居心地が悪いものばかりだ。
椅子に座っているだけで背中が熱くなる。
昨日の発表の光景が何度も頭に蘇り、胃の奥が重く沈んだ。
一方の泉はといえば、やはり涼しい顔のままだった。
周囲の噂など気にする素振りすらなく、窓の外を見つめている。
それが余計に「原因は白羽」と決めつける声を強めている気がした。
◆
そんな重苦しい空気を断ち切るように、担任が教室に入ってきた。
「昨日の課題について、改めて振り返っておく」
黒板にスコアの一覧が貼り出される。
C評価、B評価が大半。中にはAに届いたペアもいる。
そして、一番下に赤字で「F:鷹宮・白羽ペア」と記されていた。
「この結果を見て分かるとおり、大半のペアは“最低限”はできている。
だが一組、歴史的に最悪のFが出てしまった」
クラスの視線が一斉にこちらに突き刺さる。
胃の奥がまたきゅっと縮む。
だが担任は、次の言葉で空気を一変させた。
「そして──もう一つ報告がある。
史上二組目となるS評価が、このクラスから出た」
教室がざわめきに包まれた。
◆
呼ばれたのは──神谷蓮と朝倉真帆。
二人は前へ出て、自然に並んだ。
神谷はすらりとした長身の男子で、穏やかな雰囲気を纏っている。
朝倉は明るい茶髪に大きな瞳を持つ、快活そうな少女だ。
見た目だけでも“お似合いのペア”という言葉が浮かんでくる。
「彼らの発表は素晴らしかった。
相手のプロフィールを正確に覚えた上で、好きなものに関するエピソードまで盛り込み、聞き手に強い印象を与えた。
これは過去に一度しか出ていない“完全スコア”だ」
担任の声には珍しく熱がこもっていた。
クラスの拍手が自然に湧き起こる。
「すげえ……」
「やっぱり神谷と朝倉だよな」
「こりゃトップペア確定だわ」
羨望と称賛の視線が二人に注がれる。
彼らは照れくさそうに微笑み合い、しかし堂々とした足取りで席へ戻った。
◆
その姿を見て、胸の奥がざらついた。
俺と泉のF評価が、より一層みじめに思えてくる。
最初の課題で“頂点”と“最底辺”。
同じ教室の中で、これほどまでに差が開くなんて。
俺が悔しさに拳を握りしめていると、隣の泉がぼそりと呟いた。
「……くだらない」
小さな声だった。
周囲には届かず、俺にだけ聞こえる程度の。
その横顔は相変わらず冷たく、しかし一瞬だけ影を帯びていた。
──あの時、なぜ彼女は三分間も沈黙を貫いたのか。
意欲ゼロの理由は、本当に単なる反抗心なのか。
俺は答えを見つけられないまま、S評価ペアを讃える拍手の中に取り残されていた。
ふと、頭に浮かぶ。
逆に──過去にS評価を取った“最初のペア”って誰なんだ?
この学校が創立されてまだ三年目。
なら、その二人はまだ在学しているはずだ。
一体どういう人達なのだろうか……