第4話 最初の衝突
入学式が終わったあと、その日の授業は基本的に無し。
──ただし、担任から課題がひとつだけ出された。
「ペアで“他己紹介”をしてもらう。ルールは簡単だ。相手の自己PRシートをもとに、三分間で紹介すること。相手の紹介中、ペア本人は発言できない。聞いていた内容をどれだけ覚え、どう伝えられるかが評価の対象だ」
教室がざわめく。
なるほど。つまり、相手への理解度が試されるわけだ。
……にしても三分は長い。埋められるだろうか。
◆
発表は前の席から順に行われた。
平均的なペアは、ただ項目を順番に読み上げていく。
「好きな食べ物はカレーで、趣味は読書で──」
聞いていて退屈だが、最低限の形にはなっている。
少し劣るペアは、内容すらあやふやだ。
「えっと……好きな食べ物は、確か……お寿司? だったかな……」
教室から失笑が起こり、担任が「もっと相手に関心を持て」と眉をひそめる。
一方で優秀なペアは、項目に加えてエピソードまで添えていた。
「彼女はイチゴが好きです。小さい頃から毎年家族でイチゴ狩りに行っていたそうで──」
クラスが和やかな笑いに包まれ、評価も高い。
……その差は歴然だった。
◆
「次、鷹宮唯人・白羽泉」
ついに俺たちの番が来た。
緊張で喉が渇く。
相手の言葉をそのまま覚えるのは簡単じゃない。まして、泉はほとんど何も話していなかった。
「えっと……白羽泉さんは、美人で、頭も良くて、運動もできて……」
口から出るのは、ありきたりな情報ばかり。
項目を読み上げて三分を埋めようとしたが、到底足りなかった。
無理やり「趣味は昼寝です」と付け足すと、クラスから小さな笑いが起こった。
「……以上です」
なんとか締めると、担任が「ふむ」と淡々とメモを取った。
◆
次は泉の番だった。
彼女は無言で前に立ち、マイクを受け取る。
教室が静まり返る。
泉は視線を前に固定したまま、何も話さない。
一分、二分……。
時間だけが過ぎていく。
ざわつくクラス。
隣で俺は、声をかけたくてもルール上何も言えない。
三分が経過し、担任が静かに告げた。
「……終了。白羽、規定時間を黙って過ごすとは前代未聞だ」
担任の冷たい声が響いた。
教室は失笑とざわつきに包まれる。
泉は表情を変えずに席へ戻る。
「今回の評価は──F」
クラスにどよめきが広がった。
最低評価。ゼロ点。
担任は黒板に大きくスコア表を書き出した。
「いいか、評価は百分率で出される。
100点=S、80〜99点=A、60〜79点=B、40〜59点=C、20〜39点=D、1〜19点=E、そして0点がFだ。」
チョークが黒板を叩く音が響く。
「今回のように無言で規定時間を過ごすなど、完全な放棄はゼロ点──F評価になる。
これは……学園史上初のF評価だぞ。記録に残る」
息を呑む教室。
笑いと嘲りの視線が俺に突き刺さる。
だが、担任はさらに言葉を重ねた。
「逆に言えば、S評価も滅多に出ない。
この“他己紹介”の課題で、これまでにSを取ったのは──わずか1組だけだ」
教室がざわめく。
つまり、この評価制度でSに届くことは、極めて稀だということ。
……その史上初のF評価を、俺たちは叩き出してしまったのだ。
背中に冷たい汗が伝う。
──だが隣の泉は、やはり涼しい顔のままだった。
こうして、俺たちは最悪のスタートを切った。