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第3話 自己紹介シートと、噛み合わない二人

 〈恋愛必須高校〉での最初の課題は、ペア同士で作成する「自己紹介シート」だった。

 互いのプロフィールを相手に書かせ、最後に提出する。

 これが初期の“相互理解スコア”に反映されるらしい。

 ──要するに、相手をどれだけ理解しているかを見られるわけだ。

 俺と泉は、ラウンジの隅にある机に向かい合って座った。

 配られたシートは二枚。名前や誕生日といった基本情報の欄の他に、好きな食べ物・趣味・将来の夢──なんて質問まである。

 俺は少し考えてから、ペンを持った。

「じゃあ……まずは俺から話すよ」

「勝手にどうぞ」

 泉はシートを見もせず、肘をついて窓の外を眺めている。

「名前は鷹宮唯人。えっと……趣味は、音楽を聴くことかな」

「普通ね」

「うるさい」

 正直、自分でもそう思う。

 俺はスポーツも勉強も人並みで、目立った特技がない。

 こういう場になると、本当に“平均”でしかないのが際立つ。

「好きな食べ物は?」

「……塩味のカップ麺」

「好物がそれでいいの?」

 泉は顔をしかめ、少しだけ感情を覗かせた。まあ、嬉しい反応ではないが。

「仕方ないだろ。実家が貧乏なんだから」

 思わず口にしてから、しまったと思った。

 初対面で言うことじゃなかったかもしれない。

 だが泉は意外にも、馬鹿にするでもなく淡々と返してきた。

「まあ、美味しいしね」

「え? 泉も食べるの? カップ麺を?」

「安いのに工夫されてて、美味しいでしょ」

 フォローのつもりなのか。興味なさそうなのに、妙に優しい。

 横顔はまだ窓の外を向いたまま。

 だが、口元がわずかにほころんだように見えた。

 今度は泉の番だ。

「じゃあ、君の番だな。好きな食べ物は?」

「……ない」

「ないってことはないだろ」

「本当にないの。食べられればそれでいい」

 きっぱりと言い切る。

 まるで食欲さえ義務でこなしているような言い方だった。

「趣味は?」

「特になし」

「将来の夢は?」

「……ない」

 ペンが止まる。

 ここまで徹底的に「空白」だと、逆に驚きを通り越して心配になってくる。

「おい、真面目にやる気あるのか」

「ないって言ったでしょ。恋愛に意欲ゼロなんだから」

 淡々とした声。

 だが、ほんの一瞬、彼女の視線が揺れた気がした。

 沈黙を破ったのは泉のほうだった。

「……でも」

「ん?」

「鷹宮が困るなら、最低限は埋めてあげる」

 そう言って、彼女はペンを取った。

 シートに、自分の字で「白羽泉」と名前を書く。

 そして少し考え、趣味の欄にさらさらと書き込んだ。

 ──【昼寝】。

「……おい」

「嘘じゃないもの」

 彼女はすました顔でペンを置く。

 そこには小さな字で「昼寝」と一言だけ。

 俺は思わず吹き出した。

 完璧美少女が、自己紹介の趣味に“昼寝”と書くなんて。

「何よ」

「いや……ちょっと人間味あるなって思って」

 泉は不満そうに睨んだが、ほんの少しだけ頬が赤くなっていた。

 こうして二人のシートは、スカスカながらもなんとか形になった。

 提出すると、担当教員が淡々と受け取っていく。

「最初の評価は“C”だな。低いが……まあ最低限だ」

 そう告げられ、俺はほっと息をつく。

 だが隣の泉は、どこか遠い目をしていた。

 ──彼女は本気で、この制度を拒絶している。

 その姿勢は揺らいでいない。

 けれど、ほんの少しだけ垣間見えた。

 “昼寝”と書いたときの、あの小さな照れ。

 もしかすると、彼女の意欲がゼロである理由は、単なる反抗心だけじゃないのかもしれない。

 俺はそんな予感を抱きながら、次の課題に備えることにした。


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