第2話 “意欲0点”の完璧美少女
「──鷹宮唯人、白羽泉」
入学式の壇上で、ペア発表が告げられた瞬間。
講堂はざわめきに包まれた。
俺は混乱しながら立ち上がり、壇上へと歩き出す。
視線が突き刺さる。羨望、失望、好奇心──いろんな感情が入り交じった視線が。
その隣を歩く少女、白羽泉は、周囲の騒めきを意に介さない様子だった。
黒髪のボブが揺れ、整った横顔は凛としている。
彼女は、何ひとつ動揺していなかった。
◆
入学式が終わったあと、新しいペア同士は校内のラウンジへ集められた。
教師が渡した分厚い冊子には「第一課題」と書かれている。
──ペアでの自己紹介、相互理解シートの作成。
その後は三年間を通じて、課題をこなしながら“恋愛スコア”を積み上げるのだという。
椅子に座ると、真正面に泉がいた。
間近で見ると、本当に整った顔立ちだ。雑誌のモデルと並んでも見劣りしないだろう。
それでも彼女の表情は冷たく、どこか張りつめていた。
「……鷹宮唯人、だっけ」
初めて口を開いた声は、思ったよりも低めで落ち着いていた。
「あ、ああ。そうだ。これから三年間、よろしく……」
「別に、よろしくするつもりはない」
きっぱりと言われて、思わず言葉を失った。
「私、この制度に従う気はないから」
「……え?」
「“恋愛必須”とか、くだらない。そんなものに人生を縛られるなんて馬鹿げてる」
淡々と告げる泉。
その瞳には、反発と冷ややかさが混じっていた。
噂には聞いていた。
彼女は全ての指標が完璧に近いが、“恋愛意欲”だけはゼロ。
つまり、最初からルール違反スレスレの存在だ。
「……じゃあ、どうするつもりなんだ」
「退学しても構わない」
その言葉に、俺は息を呑む。
周囲の生徒たちは、恋愛できるかどうかに一喜一憂しているのに、彼女だけは最初から勝負を放棄していた。
けれど、不思議だった。
突き放すように言うのに、どこか無理をしているように見える。
それが何なのか、俺にはうまく言葉にできなかった。
◆
沈黙が続いたあと、泉はふっと視線を逸らした。
「でも……あんたが本気で困るなら、最低限の協力はしてあげる」
「え?」
「課題とか、スコアとか。形式だけは合わせてあげるってこと。どうせ私はゼロのままだし」
皮肉めいた笑みを浮かべながら、そう付け加える。
彼女の態度は冷たいのに、ほんの一瞬、微かな優しさが滲んだように見えた。
俺は何も返せなかった。
平均的で、取り柄のない俺に。
完璧美少女で、意欲ゼロの彼女。
──どうして、この二人が組まされたのか。
その理由は、まだ誰にもわからない。
ただ、この瞬間から。
俺と泉の奇妙な三年間が始まったのだ。