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第19話「逆転の一手」  

「……作戦を考えた」

 


旧図書室で柿沼と綿貫のやり取りを聞いた後、俺は白羽にそう言った。


「どんな?」


「感情操作を利用して逆に柿沼を嵌める」


「利用ってどうするのよ」


「泉はなんとなく操作される感じが分かるんだよな?」


「うん、そう言われてみれば不自然な気持ちのアップダウンがあったから、多分そうなんだと思う。どれも授業中はなくて、休憩時間だったり、家にいるような時間だったし」


「その操作を利用しよう。具体的には、気分が高まったときにはお互いにそっけなく振る舞う。気分が沈んだときには逆に思い切り仲良く振る舞おう。できそうか?」


「できると思うけど、それになんの意味があるの? 信用できる大人に報告するのではダメなの?」


「それだとおそらく意味がない。この課題が中止になるか、スマートウォッチを回収されて終わりだ。柿沼も言い逃れしやすい」


「それは確かにそうね。でも、こんなことして柿沼が言い逃れられなくなるの?」 「おそらくだが、このスマートウォッチの記録は全て学校のどこかで管理されている。採点はAIが行なっていると入学日に説明があったし、間違いない。そこに感情と言動が合ってない記録が残っていたらどうなる?」


「それは……不自然よね」


「そうだ。そこに柿沼の介入していた証拠まであれば十分だ」


「ちょっと待ってよ。確かに感情と言動が一致してなければ不自然ではあるけど、じゃあ柿沼先生の介入の証拠が残っていなかったらどうするの? こんなことしている人が自分の悪事の痕跡を残しているとは思えない」


「それはまだ憶測だが、おそらく柿沼は自分の痕跡を消すことはできていない。痕跡はある」


「どうしてそんなことが言えるの?」


「入学式の日の説明には、この学校では恋愛の評価は記録がコンピュータに保存され、AIが行うと言われた。そして、前回のデート課題や共同生活課題のように会話ログなどを残さないといけないようなものも予定されている」


「うん、確かにそんなことを言っていたような」


 意欲0の泉さんだ。その辺はうろ覚えらしい。


「それで、前に朝霧先生に聞いてみたことがあるんだ。『僕たちの会話は先生たちも見ているんですか?』って」


「そうしたら?」


「こう言われたよ。『それはない。生徒の会話にはプライベートな情報が含まれていることは多分にある。まして恋愛関係を推奨している2人だ。より深い話をすることもあるだろう。そういった課題の場合は完全にAIが記録から評価までを行なっている。その記録は生徒の卒業までは保存されるが、卒業時に全て消去される。教員は基本的にそのデータの閲覧をすることはできない。それに安心しろ、うちが使っているAIは国の機関が使っているもので、凄腕ハッカーでも侵入に3年はかかるそうだ』ってな。だから柿沼は自分の痕跡を消すことはできない。もちろん他の教員も閲覧できないから、柿沼もわざわざリスクを負って自分の痕跡を消そうとはしないだろうってのもあるがな」

「なるほど。それなら確かに証拠は残っていそう」


「よし、じゃあ今日はもう遅いし、次に操作があるのも明日だろう。明日から頑張ろうぜ」


「でも良いの? それだと評価が下がっちゃうんじゃないの?」


 意欲0で評価を気にしない泉からは想定外の返答が返ってきた。


「どうしたんだよ。泉はそういうの気にしないんだろ」


「私はそうだよ? 感情を操作されるのだって本当に嫌だし、この作戦に乗りたい。でも、唯人は違うでしょ? 柿沼先生の悪事を暴くためだけにこんな作戦をして……下手したらまたF評価になる可能性だってあると思うよ」


 正直、泉がここまで言うとは思っていなかった。入学式の日のことを思えば、泉が俺の評価を気にするなど考えられなかった。色を見ると、確かに俺に対して悪いと思っているようだ。なんだかんだデートしたり、共同生活をして、友人くらいにはなれたのかもしれない。ならば、俺も真剣に向き合うべきだろう。


「確かに、評価は下がるだろう。泉の言うとおり、AIがどう評価するかもわからない。F評価もありえるだろう。だけどな」


 俺は一呼吸おいて言った。


「泉の感情は泉だけのものだ。誰かに操られて嬉しくなったり、悲しくなったり、そんなこと絶対に間違ってる。それに比べれば評価なんて大したことじゃない。それに今回はたまたま泉が対象だっただけだ。気にしなくて良い」


「そう。じゃあ、明日からね。私は疲れたから歯磨いて寝るわ」


そう言って洗面所の方へ歩いて行ったが、後ろ姿から見える泉の色は気恥ずかしさや嬉しさが見えていた。



 そうして次の日から俺と泉は作戦を開始した。感情の操作があると、泉からメッセージが来る。


「今、少し寂しいかも」


 正直、少し……いや、かなりドキッとする。あの泉がこんな言葉を言っていると思うと、可愛いなと思ってしまう。


 間髪入れずメッセージが来る。


「嘘、なんか言葉のチョイスミスった。今沈んだ気持ち。教室に戻るから作戦開始で」


 流石に泉も少し恥ずかしかったのだろう。訂正を入れてきた。


 俺たちは教室に戻ると仲良くおしゃべりを始める。クラスメイトの好奇の視線に晒されたが、仕方ない。学校で泉が操作されるときは沈んだ気持ちが多く、家では気持ちが上がっていたようだ。おそらく、柿沼は学校では俺たちが普段から別々に行動していることを知っていたからだろう。逆に家では2人になるわけだから、関係を盛り上げようとしていたのだろう。


 このおかげで、ここ数日は異様に俺たちは仲良くなったように見えただろう。そうやって結果発表までの間、感情に反した言動を繰り返してきた。泉の感情がプラス方向に操作されたときは、演技とはいえ口喧嘩をしていたので、俺は少し胃が痛かったわけだが……。



「というわけで俺たちは泉の感情に反して、行動を操作することで評価を下げ続けたわけです。」


「クソガキが……」


 柿沼は諦めと怒りの混じったような声で吐き捨てた。


「元はと言えば、白羽がいけないんだ。意欲0で入学してきやがって……そんなやつ、少し荒療治だとしても恋愛の手助けをしてやっても問題ないだろ!こんな過剰表現が乏しいやつ俺が介入してやって感情について学んでいけば良いんだよ!」


「うわぁ」「言ってることクズすぎ……」


 クラスメイトがドン引きし、隣の泉が立ち上がり何か言おうとした瞬間だった。


「ふっっっっっっざけんなよ!!!」


 自分の声だった。俺は柿沼の言葉を聞き、反射的に叫んでいた。


「人の感情はな!! 誰かにそう感じろって言われて動くものじゃないんだよ!!! 誰かに優しくされて嬉しくなって、嫌なことがあって悲しくなって、全部全部、自分だけのものなんだよ!!! 泉の感情は泉だけのものだ! お前に操られて誰かを好きになるなんて、あっちゃいけないことなんだよ!!! ふざけんな!!!」


 言い終わり、クラスは静まり返っていることに気づいた。


「まあ柿沼先生は私と朝霧先生と理事長室へ行きましょうか」


 綿貫がそう言って、朝霧先生と一緒に柿沼を連れて教室を後にした。


 朝霧先生は「今日はもうこれで終了だ。詳しいことは明日話す。みんな評価を振り返って今後に活かすように」と言い残していった。


 俺はなんとなく恥ずかしくなって、みんなが動き出す前にカバンを持って教室を出ていった。


 校門を出たあたりで、遠くから声がした。


「待って! 唯人!」


 走って息を切らして泉が俺を追いかけてきたらしい。


「ああ、なんか悪いな。勝手に色々と言いたいこと言っちゃって。泉も柿沼になんか言おうとしてたのに。」


「……がとう……」


 膝に手をつきながら何か言っているようだが、うまく聞き取れない。


「なんだって?」


「……ありがとう!」


 聞き取られずに恥ずかしかったのか、泉は今までで一番大きな声で感謝を伝えてきた。


「それだけ!!」


 そう言っていた泉の色は……嬉しさが一瞬見えたが、色がよく分からなかった。

 ただ、表情から感謝の言葉が本心であることはわかった。

 俺と泉は2度目のF評価と引き換えに少しだけお互いを分かり合い、1学期を折り返した。


——これは、俺たちが仕掛けた逆転の一手だった。


いったん2章の終わりでです!少ないながらも見てくれる人はいるみたいで、とても嬉しいです!

引き続き、この作品の続きを見たいと思っている方はいたらコメントやブックマークをください!

皆さんの評価を見て今後続きを書くのか、新しい作品を書くのか決めたいと思います!

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