第17話「唯人の作戦」
放課後、旧図書室から戻った俺と泉は、ペア部屋のテーブルを挟んで向かい合っていた。 カーテン越しに差し込む夕日が、泉の横顔を赤く染めている。
「……作戦を考えた」
俺の言葉に泉がまばたきをする。
俺は作戦の内容を泉に伝えると泉は困惑していたが、俺の話を聞いて納得してくれた。
俺は、泉の感情が“誰かの手で作られたもの”であることに我慢ならなかった。 彼女の想いは、彼女自身のものであるべきだ。 だから俺は、——
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次の日の教室は、どこかざわついていた。
「今日、白羽と鷹宮、めっちゃ仲良くない?」
「まじで? あの白羽が?」
「いや、ほら、掃除のときとかも、普通に二人で喋ってたし。なんか距離近いっていうか」
耳に入ってくる会話を聞きながら、俺は机の上の教科書に視線を落とす。
周りがそう思っているのなら、順調に進んでいるはずだ。あとはもう一つ、確認しておきたいことがある。
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昼休み、俺と泉は教室の隅の窓際で並んで弁当を食べていた。
「これ、意外と美味しい」 泉が自分で作ったらしい卵焼きをひと口食べて、ぽつりとつぶやいた。
「へえ、自分で作ったのか」
「別に大したもんじゃないけど」
そんな何気ない会話を交わしているだけなのに、近くの席のやつらがこそこそとこちらを見ているのが分かる。
「……あれって、もしかして進展してる?」 「いいなぁ、課題で同棲してると距離近くなるってマジなんだな」
まったく、現金なもんだ。
俺たちは“仲の良いペア”を演じている。いや、演じているように見えるように“自然”を装っている。そのバランスが難しい。
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泉と弁当を食べた後、彼女と別れて廊下を歩いていると、元気な声に呼び止められた。
「唯人くん」
朝倉だった。
「神谷と一緒じゃないのか」
「うん、今は家でいつも一緒だからね。二人で話し合って、ストレスとかたまらないように学校ではできるだけ他の友達と話すようにしてるの」
「それが夫婦円満の秘訣か」
「そんなんじゃないよ」
照れ笑いを浮かべる朝倉。しかし、見える色には強い恥じらいの気配はなかった。言い慣れているからか? それとも、ただの演技? いや、色にそこまで出ていないだけで、多少は照れているのかもしれない。普通、照れ笑いをわざわざ演技でする理由もないし——。
「そういえば何か用か?」
「いや、少しお話ししたかっただけだよ。最近、泉ちゃんと仲良くしてるんだね。意欲0を惚れさせたテクを聞いてみたいですねぇ」
少しおちゃらけた口調で、可愛らしく問い詰めてくる朝倉。
「いや、そんなのじゃないよ。まあ、もう共同生活も10日目だ。それなりに友人として親しくもなるさ」
「友人かぁ。ねえ。前から気になってたんだけど、唯人くんは泉ちゃんのこと好きにならないの? 他のクラスメイトは最初こそ勝手に決められたペアだけど、一緒に課題やってたり、一緒に暮らしているうちに好きになってる子もたくさんいるみたいだけど」
「そうだなあ。順位付けは女子から反感を買うだろうが、泉はクラスで1.2を争う美少女だしな。意欲0じゃなければ好きになってたかもしれないな。でも、分からないな。今まで誰かを好きになった経験なんてないし。」
「え、そうなの! 私もー、あっ、」
「朝倉も? 神谷は恋愛対象じゃないのか?」
「あー、みんなには内緒ね。彼のことは尊敬しているし、カッコ良いと思う。でも、現時点で恋愛として好きというわけではないかな。」
「そうなのか、大スクープだが、神谷にも悪いし、もちろん誰にも言わないよ。」
「彼は知ってるから大丈夫。気にしないで。でも、そっかー、泉ちゃんのことはまだ好きじゃないのかー」
「まあ、そういうことだな。」
チャイムの音が鳴り、俺は「じゃあ行くか」と言って足を動かす。
朝倉がニヤニヤしながらこちらを見た。
「あ、ところで泉ちゃんが1.2を争うって言ってたけど、唯人くんはクラスの中に容姿を同等に評価している誰かがいるってことだよね? 誰なのかなぁ?」
「いや、朝倉だろ。」
俺は本当に思ったままを口にした。
「女子をランキング付けするの良くないと思う!」
「あ、すまん」
そう謝ろうとしたとき、朝倉は軽く笑って、くるりと背を向けて走って行った。
(やっぱりダメだしくらったか)
しかし、走っていく彼女の背中からは、恥じらいと——嬉しさの混じった色が、確かに見えた。
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放課後。 教員室の前で出くわした朝霧先生に、俺は意を決して声をかけた。
「先生……ちょっと、いいですか」
「どうかした?」
先生は書類の入ったファイルを脇に抱えながら、俺の方を見た。
「もし……もし、恋愛感情が誰かの手でコントロールされていたとしたら、先生はどう思いますか?」
質問を投げかけた瞬間、俺は先生の色を確認する。
一瞬、強い赤紫——怒りの気配が、朝霧先生の表情をかすめた。 だが、すぐにそれは抑え込まれ、彼女は落ち着いた声で答える。
「それが本当に可能なら、悲しい話ね。人の心を弄ぶなんて、教育じゃない」
その色は、嘘ではない。
俺は確信する。先生は——柿沼側ではない。
「……ありがとうございます」
そう言って、俺は深く頭を下げた。
作戦は、動き出している。
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