第16話「秘密の囁きと制度の影」
タイトル:第16話「秘密の囁きと制度の影」
「1日5回、15分以上の会話ログってさ……正直めんどくさくない?」
「それなー。自動で取ってくれればいいのに」
「バカ、そしたらイチャイチャしてるとこまで全部聞かれんだぞ」
「えっ、お前もうそんなとこまで進んでんの!?」
昼休みの教室。男子たちの声が聞こえてくる。
「神谷と朝倉のペアってさ、もう息ぴったりって感じだよな」
「なんか、あの二人ならS評価も納得って感じ」
そんな声が耳に入る。 俺の視界には、神谷と朝倉のふたりが、窓際で談笑している姿が映っていた。 言葉を交わすふたりの周囲には、薄い橙と淡い桃色の色が漂っている。安心感や親しみの色だ。
——でも、恋心の色……あの濃い桃色や赤に近い熱は、今のところ見えない。
やはり、S評価ってのは“恋愛の深さ”というより、“関係の安定度”や“協力の完成度”を測るものなのかもしれない。
まあ、まだ入学して1ヶ月も経ってないんだ。お互いに好感はあるようだし、それだけでもすごいことだろう。
「……男ってほんとバカ」
泉のぼそっとした独り言が、俺の横から聞こえてきた。
そう言いながらも、彼女の頬が微かに赤く染まっているのを、俺は見逃さなかった。
それにしても——。
(よく考えたら、年頃の男女を一部屋にぶち込んでるのって、教育的にどうなんだよ)
共同生活が始まる前、朝霧先生が口酸っぱく言っていた言葉を思い出す。
『いいか、この学校は少子化対策として設立されたとはいえ、在学中の性的接触は推奨していない。課題中は特に厳禁だ。女子は身の危険を感じたらスマートウォッチの緊急ベルを鳴らせ。すぐに警備員が駆けつける』
泉は、様子見とか一切なく、危険を感じた瞬間に鳴らすタイプだろう。
……俺は極めて紳士的に振る舞っている。自覚はある。
♦︎
放課後。
俺と泉は、校舎裏の中庭に面したベンチに腰かけていた。
夕方の風が心地よく吹き抜け、遠くから運動部の掛け声がかすかに届く。
日常の喧騒が少しずつ静まりゆく中、泉は膝の上に置いた手をそっと握りしめていた。
「ねぇ、唯人。あの部屋にあったパソコン、気にならない?」
「旧図書室の? まあ、気にはなるけど……ログインできるのか?」
「ロックかかってるのは見た。でも、もしかしたら別の方法で見られるかも」
「それにしても、あの部屋……何か“残された”って感じしない? あえて残されてるっていうか」
「確かに。普通ああいう資料って、データ化して廃棄するよな」
「誰かが、私たちに見せたかったのかも。意図的に」
「じゃあ、その“誰か”がまだ学園の中に……」
「可能性はあるよ」
「とりあえず、また行ってみるか。何か手がかりがあるかもしれない」
泉は小さく頷く。視線はどこか遠く、けれどその瞳は確かに何かを捉えようとしていた。 俺たちは、ただの課題以上の何かに巻き込まれている。 そんな予感が、胸の奥をざわつかせていた。
♦︎
夜。俺たちは再び旧図書室へと向かった。
静まり返った校舎。足音が廊下に反響する。
扉の前で息を殺す。ドアノブに手をかけようとした瞬間——
中から、微かな話し声が聞こえてきた。
咄嗟に俺は泉の手を引き、近くの書棚の陰に隠れる。
扉の隙間から、中を窺う。
そこには、男が二人。
一人は俺たちのクラスの担任、**柿沼**。
もう一人は見覚えのない顔だが、教師用の端末を持っていた。別学年の担任、**綿貫**という名を会話から知る。
「白羽には困ったもんだ。前回の課題はたまたまうまくいったようだが、意欲スコアがいつまでもゼロのままじゃ、俺のクラス平均が下がる。低評価が続けば退学にできるが……それじゃ俺の評価が下がってしまう」
「うちはそこまでの問題児はいないですけど、最近はどのペアもスコアの伸びが悪くて」
綿貫が端末を操作しながら続ける。
「だからこそ、この『感情干渉プログラム』が必要なんですよ。適度な刺激を与えて、自然な形で指標を上げる。教師側の介入なんて、誰にも気づかれません」
「……上が納得してくれればいいんですがね」
「すぐにでも結果が出て、しかるべきタイミングで校長あたりに進言すれば大丈夫ですよ。今は少数のペアで試すのが良いでしょうけどね。」
「なるほど……。白羽にも早めに反応が出ればいいが」
その名が出た瞬間、隣にいた泉の肩がぴくりと動いた。
俺たちは互いに目を見合わせ、息を殺してその場を離れた。
心臓が、いやにうるさく鳴っている気がした。
♦︎
「……あれが、教師の会話だって信じられる?」
部屋に戻るなり、泉が口を開いた。
その声は、どこか怒りと困惑が混じっていた。
「制度を信じてるわけじゃなかったけど、あんなふうに“操作”されてるなんて……」
「スコアのために、生徒の感情を……感情まで数字で管理するなんて」
言葉を失った。
俺たちは今、巨大なシステムの中で“試されている”のかもしれない。
——それでも。
「見て見ぬふりは、できないな」
そう呟いた俺の言葉に、泉が微かに頷いた。
その瞳には、初めて見るような、強い意志が宿っていた。
♦︎
部屋に戻った俺たちは、それぞれの席に着いたまま、しばらく無言で考え込んでいた。
やがて、泉がぽつりと口を開く。
「……今思えばさ、共同生活の間、なんか不自然に気持ちが昂ったり、逆に落ち込んだりした場面があった気がするんだよね」
「例えば?」
「なんでもない会話で急にドキッとしたり、逆にすごく寂しくなったり……。あのときって、決まってスマートウォッチをつけてた」
泉は自分の左手首を見下ろす。
「これって、干渉のタイミングだったってことかもしれない」
俺も自分の手首を見る。黒いデバイスが無機質に沈黙している。
「……これからは、1日5回の会話以外は極力スマートウォッチを外しておこう」
「うん……。でもさ、これって朝霧先生に相談した方がいいんじゃない? 二人の担任だし」
俺は少しだけ考える。
「……まだ証拠が少なすぎる。もう少し情報を集めてからでも遅くはない」
泉は小さく頷き、静かに目を閉じた。
それぞれの胸の中に、まだ名前のつかない疑念と決意が渦巻いていた。
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