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第13話「秘密の部屋」  

最初の晩、俺たちはベッドを前にして数秒間沈黙した。


 部屋の中央に設置されたのは、広々としたキングサイズのベッドだった。一応、同じベッドの上でも距離を取って寝られるようにという配慮だろう。だが——


(もちろん、一緒に寝るつもりなんて最初からなかった)


「……寝る場所、どうする?」

「別々で」


 即答だった。しかも泉は、何の迷いもなくソファの方へ歩き始める。


「いや、俺がそっちでいいよ。ベッド使って」


 泉は一瞬こちらを見てから、目をそらして言った。


「……こっちが気つかうから、そうして」


 素っ気ない言い方だったが、その頬にはほんのわずかに色が浮かんでいた。濃い桃色と、赤紫の間のような色。


 翌朝、キッチンで彼女が焼いた卵焼きが思いのほか美味かった。


「……うまいな」

「市販のだしパック使っただけ」


 ツンとした顔でそう言うくせに、少しだけ桃色の色が浮かんでいた。


 翌日、教室ではクラスメイトたちのテンションが微妙に変わっていた。


「うちのペア、夜に寝返り打って布団取られてさ〜」

「え〜最悪〜! うちは一緒にドラマ見てたけど、途中で寝落ちした……」


 浮かれた雰囲気は残るものの、どこか“生活感”がにじみ出ていた。課題とはいえ、誰もが同じ屋根の下で過ごしたことに現実味を感じ始めている。


 神谷と朝倉のペアは相変わらず平常運転だ。


「ログの自動集計、割と精度高いね」

「朝食時の会話数まで記録されてたよ」


 学園の“実験”に対して、冷静かつ実務的な態度を崩さない。その姿勢が逆に、不気味に見えるほどだ。


 そんなふうに、少しずつ“普通のやりとり”が増えてきた矢先——。


 結局、共同生活3日目の夜、ふとした違和感から、生活ログに妙な“空白”があることに気づいた。


 心拍や会話の記録は毎秒単位で保存されるはずなのに、特定の時間帯だけ波形が不自然に途切れている。しかも、その時間帯に限って、泉の色がやけに曖昧で、読み取りづらくなる。


(データが……書き換えられてる?)


 俺は疑念を抱きながらも、タブレット端末のログを分析し続けた。専門的な解析スキルがあるわけではないが、直感的に分かる。“操作の痕”がある。


 思い出すのは、あのノイズのような感情のブレ。もしや、スマートウォッチやタブレットが感情を“記録する”だけでなく、“誘導する”ようになっていたら——?


 そんな仮説が脳裏に浮かんだときだった。


 廊下の奥、共有スペースの監視カメラに一瞬、見慣れた黒髪の姿が映った。


 ——泉だ。


 夜間の移動は原則禁止のはずなのに、彼女は迷いなく歩いている。俺はすぐに上着を羽織り、あとを追った。


 暗い廊下を抜けて校舎棟に入ると、足音は階段の奥へと続いていた。滅多に使われない旧館側——その先に、かつて“図書館”として使われていたという閉鎖区画がある。


 泉は立ち止まり、古びたドアの前に立っていた。


 俺の存在に気づいていたのか、彼女は振り返らずに呟いた。


「……あんたも、気づいてるんでしょ」


 そして、ポケットから取り出したのは、古びた金属の鍵。


「この学校、やっぱりおかしい。だから、知るの。自分の目で」


 鍵が錠に差し込まれ、カチリと音を立てて回った。


 その瞬間、俺の視界がわずかに“歪んだ”。

 泉の背中に、複雑に混じり合った感情の色が渦を巻く——桃色、橙、赤紫、そして微かに青灰。


 それは、かつて見たどんな色よりも、濃く、そして美しかった。


明日は20時に公開予定です!


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