第12話「監視と違和感」
共同生活初日の朝。俺は指定された模擬居住空間の扉の前で、深く息を吸い込んだ。
カードキーをかざすと、静かにロックが解除される。扉の奥には、最低限の家具と白を基調とした室内が広がっていた。まるでモデルルームのような、無機質な空間。
「……狭い」
先に部屋に入った泉が、ぽつりと呟いた。
その声にも、表情にも、色はほとんど現れなかった。唯一、うっすらと灰色が浮かんでいるのが見える。無関心。諦め。そして少しの疲労。
机の上には、スマートウォッチと連携するタブレット端末が置かれていた。説明によれば、生活のあらゆる行動がこの端末を通じて記録・解析されるという。
「まるで監視だな……」
俺が思わず口にすると、泉がこちらをちらりと見る。
「今さらでしょ。最初からずっと見られてる。今は、より“わかりやすくなった”だけ」
その言葉には皮肉と疲れが滲んでいた。だが、俺には違和感があった。
さっきから泉の色が安定しない。
一瞬、桃色が滲んだかと思えば、すぐに赤紫に塗り潰される。
まるで——ノイズのように、色がブレている。
これまで感情の色は、人の内面から湧き上がる“純度”で明瞭に見えていた。それが、今は妙に混濁して、断続的に“ざらつき”を感じる。
(なにか……おかしい)
そのとき、タブレットが軽い電子音を鳴らした。
「朝食の準備と共有は、恋愛スコアに加点されます」
表示されたメッセージに、俺と泉は顔を見合わせた。
「作る?」
「……別に、どっちでも」
そう答えながらも、泉は冷蔵庫を開け、卵と野菜を取り出した。俺はその背中に、わずかに桃色が差すのを見逃さなかった。
……悪くない、色だ。
だが同時に、スマートウォッチが一瞬だけ赤く点滅するのを視界の隅で捉えた。
(今の反応……記録されてる?)
監視されていることは理解していた。だが、それが“ただの記録”ではない可能性が頭をよぎる。
泉がつぶやいた言葉が、今さらながらに胸に引っかかる。
「……最初から、ずっと見られてる」
この課題は“観察”ではない。
“誘導”されている——?
そんな考えが脳裏をかすめたとき、タブレットに表示された心拍数グラフに、突然ノイズのような揺らぎが走った。
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