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第1話 恋愛必須の高校

──恋愛しなければ、退学。

 そんな馬鹿げた規則を、国家が本気で掲げる時代が来るなんて、誰が想像しただろう。

 極端な少子化と、いわゆる“恋愛離れ”。

 長年止まらなかった人口減少を前に、政府はついに強行策を打ち出した。

 「義務教育の延長線上に、恋愛教育を組み込む」──そうして設立されたのが、俺が今日から通うことになる〈恋愛必須高校〉だ。

 名前からして冗談のようだが、れっきとした公認の教育機関である。

 新聞やニュースで散々騒がれていたから知っている人も多いだろう。入学資格は厳格に選抜され、全国から一定数の男女が集められる。そこでは「恋愛が義務」とされ、三年間で“恋愛スコア”を築けなければ退学、というシステムが採用されている。

 俺、鷹宮唯人もその一人として選ばれた。

 特別秀でているわけでも、何か夢を持ってここに来たわけでもない。ただ、提示された指標──学力、運動、容姿、性格……あらゆる評価がすべて“平均”であることが、逆に条件に合致したらしい。

 オール五十点。

 突出した部分はなく、欠けたところもない。

 どこにでもいそうな、存在感の薄い高校生。

 俺自身、この学園に呼ばれたことに対して、大した感慨はなかった。

 ──ただ一つ、疑問に思うことを除いては。

 なぜ「恋愛」まで数値化し、義務にしなければならないのか。

 入学式の日、広い講堂には百名ほどの新入生が集まっていた。

 緊張とざわめき、そしてどこか浮ついた雰囲気。

 普通の高校なら、友人関係や部活動に胸を膨らませるところだろう。だが、この場の誰もが考えているのはひとつだ。

 ──自分のパートナーは誰になるのか。

 壇上に立った教頭らしき男がマイクを握り、簡単な挨拶を終えると、唐突に言い放った。

「それでは、皆さんのペアを発表します」

 ざわっ、と会場が揺れる。

 誰もが耳をそばだて、名前を待った。

 この学園では、入学時点で強制的に男女のペアが組まされる。三年間、その相手と課題をこなし、恋愛スコアを積み上げなければならない。形式的な交際でも駄目。審査AIと担当教員が逐一観察し、本当に「恋愛」と呼べるかどうかを判定するのだという。

 俺は心の中で溜息をつく。

 恋愛が義務? ペアが強制? そんなものは人権侵害以外の何物でもない。

 けれど、制度はすでに始まってしまった。選ばれた以上、従うしかない。

 一組目、二組目……。

 名前が読み上げられるたび、どよめきや小さな歓声が起こる。

 「やった、よろしくね!」と喜ぶ者もいれば、「まじか……」と肩を落とす者もいる。まるでくじ引きでも見ているかのような光景だった。

 俺の名前が呼ばれたのは、十組目あたりだった。

「──鷹宮唯人。パートナーは、白羽泉」

 瞬間、講堂全体がざわめきに包まれた。

 小声の囁きが、波紋のように広がっていく。

「嘘だろ……泉と?」

「なんであんな平均男が」

「選抜のミスじゃないのか」

 俺は一瞬、耳を疑った。

 ──白羽泉。

 名前くらいは知っている。いや、この場の誰もが知っていた。

 全ての指標が百点に近い、完璧な少女。

 頭脳明晰、運動万能、容姿端麗、性格も優秀。

 まるで作られたかのように理想的な存在で、この学園における“トップ”と称されるべき人物だった。

 ただし、一つだけ──決定的な欠陥を除いて。

 彼女の「恋愛意欲」は、ゼロ。

 壇上に設置されたスクリーンに、二人の名前が並んで表示される。

 誰もが信じられないといった顔で俺と泉を見比べていた。

 当の本人──泉は、涼しい顔をして前列の席から立ち上がった。

 黒髪のミディアムボブが揺れる。制服姿は凛としていて、まるで映画のワンシーンのように映えた。

 彼女は一瞥だけ俺を見やると、無言で壇上へと歩いていく。

 俺の心臓が、不意に強く跳ねた。

 驚きと、困惑と……そして少しの恐怖。

 ──なぜ、彼女と俺がペアに?

 答えは、まだ誰にもわからない。

 ただ一つ確かなのは、この瞬間から俺の三年間が大きく狂い始めた、ということだった。


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