第1話 恋愛必須の高校
──恋愛しなければ、退学。
そんな馬鹿げた規則を、国家が本気で掲げる時代が来るなんて、誰が想像しただろう。
極端な少子化と、いわゆる“恋愛離れ”。
長年止まらなかった人口減少を前に、政府はついに強行策を打ち出した。
「義務教育の延長線上に、恋愛教育を組み込む」──そうして設立されたのが、俺が今日から通うことになる〈恋愛必須高校〉だ。
名前からして冗談のようだが、れっきとした公認の教育機関である。
新聞やニュースで散々騒がれていたから知っている人も多いだろう。入学資格は厳格に選抜され、全国から一定数の男女が集められる。そこでは「恋愛が義務」とされ、三年間で“恋愛スコア”を築けなければ退学、というシステムが採用されている。
俺、鷹宮唯人もその一人として選ばれた。
特別秀でているわけでも、何か夢を持ってここに来たわけでもない。ただ、提示された指標──学力、運動、容姿、性格……あらゆる評価がすべて“平均”であることが、逆に条件に合致したらしい。
オール五十点。
突出した部分はなく、欠けたところもない。
どこにでもいそうな、存在感の薄い高校生。
俺自身、この学園に呼ばれたことに対して、大した感慨はなかった。
──ただ一つ、疑問に思うことを除いては。
なぜ「恋愛」まで数値化し、義務にしなければならないのか。
◆
入学式の日、広い講堂には百名ほどの新入生が集まっていた。
緊張とざわめき、そしてどこか浮ついた雰囲気。
普通の高校なら、友人関係や部活動に胸を膨らませるところだろう。だが、この場の誰もが考えているのはひとつだ。
──自分のパートナーは誰になるのか。
壇上に立った教頭らしき男がマイクを握り、簡単な挨拶を終えると、唐突に言い放った。
「それでは、皆さんのペアを発表します」
ざわっ、と会場が揺れる。
誰もが耳をそばだて、名前を待った。
この学園では、入学時点で強制的に男女のペアが組まされる。三年間、その相手と課題をこなし、恋愛スコアを積み上げなければならない。形式的な交際でも駄目。審査AIと担当教員が逐一観察し、本当に「恋愛」と呼べるかどうかを判定するのだという。
俺は心の中で溜息をつく。
恋愛が義務? ペアが強制? そんなものは人権侵害以外の何物でもない。
けれど、制度はすでに始まってしまった。選ばれた以上、従うしかない。
◆
一組目、二組目……。
名前が読み上げられるたび、どよめきや小さな歓声が起こる。
「やった、よろしくね!」と喜ぶ者もいれば、「まじか……」と肩を落とす者もいる。まるでくじ引きでも見ているかのような光景だった。
俺の名前が呼ばれたのは、十組目あたりだった。
「──鷹宮唯人。パートナーは、白羽泉」
瞬間、講堂全体がざわめきに包まれた。
小声の囁きが、波紋のように広がっていく。
「嘘だろ……泉と?」
「なんであんな平均男が」
「選抜のミスじゃないのか」
俺は一瞬、耳を疑った。
──白羽泉。
名前くらいは知っている。いや、この場の誰もが知っていた。
全ての指標が百点に近い、完璧な少女。
頭脳明晰、運動万能、容姿端麗、性格も優秀。
まるで作られたかのように理想的な存在で、この学園における“トップ”と称されるべき人物だった。
ただし、一つだけ──決定的な欠陥を除いて。
彼女の「恋愛意欲」は、ゼロ。
◆
壇上に設置されたスクリーンに、二人の名前が並んで表示される。
誰もが信じられないといった顔で俺と泉を見比べていた。
当の本人──泉は、涼しい顔をして前列の席から立ち上がった。
黒髪のミディアムボブが揺れる。制服姿は凛としていて、まるで映画のワンシーンのように映えた。
彼女は一瞥だけ俺を見やると、無言で壇上へと歩いていく。
俺の心臓が、不意に強く跳ねた。
驚きと、困惑と……そして少しの恐怖。
──なぜ、彼女と俺がペアに?
答えは、まだ誰にもわからない。
ただ一つ確かなのは、この瞬間から俺の三年間が大きく狂い始めた、ということだった。