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賢者の城は六畳間  作者: かわさきはっく


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第72話 陽動作戦

 翌週の土曜日。

 コミュニティ農園に再結集した仲間たちの動きは、以前とは、まるで違っていた。

 彼らの心から、怒りや、悲しみといった、感情的な揺らぎは消え去っていた。代わりに、そこにあったのは、一つの困難な任務を遂行しようとする特殊部隊のような、燃えるような闘志だった。


 彼らが最初に向かったのは、あの、氷点下の絶望の象徴ともいえる、壊滅した区画だった。

「さあ、ここを片付けて、もう一度やり直しましょう!」

 凛が、声を張り上げる。だが、修一は、その言葉を静かに手で制した。

「いえ、佐々木さん」

 彼は、黒く枯れ果てた双葉たちの墓標の前に立った。

「この場所は、このままにしておきましょう」

「え?」

「ここは俺たちに、土の本当の厳しさを教えてくれた場所です。俺たちが犯した過ちの記憶です。それを忘れないための戒めとして、この冬の間は、このまま残しておきたい」

 その、あまりにも意外な言葉に、仲間たちは息を飲んだ。だが、すぐに、その真意を理解した。彼らは、自分たちの敗北を認めたのだ。そして、その教訓を胸に刻もうとしているのだ。


 彼らの本当の作戦は、そこから始まった。

 修一の指示の下、彼らは、まだ生き残っている区画の土づくりを再開した。だが、そのやり方は、これまでの効率重視のものとは全く異なっていた。

 彼らは、まず、土を深く掘り返すと、その土を今度は両手ですくい上げ、まるで砂金でも探すかのように、指の間から、こぼしながら、石や根のひとかけらまで、丁寧に取り除いていく。

 その作業は、ひどく時間がかかった。だが、彼らの顔には焦りの色はなかった。そこにあるのは、神聖な儀式にでも臨むかのような、静かで、敬虔な眼差しだけだった。


 その不可解な光景を、岩田茂は、自宅の縁側から、いぶかしげに眺めていた。

(……何をやっているんだ、あいつらは)

 もっと、嘆き、悲しみ、あるいは怒りをぶつけてくると思っていた。だが、聞こえてくるのは、時折交わされる、小さな話し声だけ。その作業は、まるで修行僧のようだった。

 そして、その日の作業が終わった時。岩田は、さらに信じられない光景を目にすることになる。

 参加者たちは、使い終えた鍬やスコップを、ぞんざいに道具小屋へ放り込むのではない。彼らは、持参した雑巾で、刃についた泥を一滴残らず拭い去ると、油を染み込ませた布で、丁寧に、それを磨き始めたのだ。

 それはまさしく、かつて岩田自身が、毎日、当たり前のように行っていた、神聖な儀式そのものだった。


「……真似事まねごとを」

 岩田は、吐き捨てるように呟いた。

 だが、その心は、これまで感じたことのない、奇妙な感情に揺さぶられていた。

 侮蔑。苛立ち。そして、その奥に、ほんのかすかな―――戸惑い。

 彼らは、あの惨めな敗北から、何かを学んだとでもいうのか。

 いや、そんなはずはない。所詮は素人の猿真似だ。

 岩田は、そう自分に言い聞かせた。だが、彼の視線は、いつまでも、いつまでも、その、あまりにも真摯に土と向き合う、馬鹿正直な素人たちの姿から、離すことができなかった。


 賢者の仕掛けた陽動作戦。

 それは、敵の最も誇り高い部分を尊敬し、模倣するという、奇策。

 その、静かな一撃は、岩田茂の、あの、頑なな心の分厚い城壁を、ほんの少しだけ、確かに揺さぶっていた。

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