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賢者の城は六畳間  作者: かわさきはっく


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第71話 岩田茂の研究

 賢者のパーティーが再結成された、次の日。

 コミュニティ農園に集まった仲間たちの前で、田中修一は、彼の『攻略マニュアル』の新しいページを開いた。

「俺たちの、新しいクエストの最初の作戦を始めます」

 彼は静かに告げた。

「俺たちは、岩田茂が、どんな人物だったか、という『過去』の、おおまかな情報は手に入れました。ですが、それだけでは足りません。俺たちが本当に知らなければならないのは、彼が、どんな人間で、何を大切にし、何を憎むのか、という、『今』に繋がる彼の魂の本質です」

 修一は、仲間たちを一人一人、見渡した。

「これから俺たちは、岩田茂という人間そのものを、徹底的に研究します」


 その、あまりにも意外な作戦内容に、仲間たちは、少しだけ戸惑った。だが、もう、彼の言葉に異を唱える者はいない。彼らは、それぞれの新しい任務を真剣な顔で受け入れた。


 佐々木凛が向かったのは、市役所の地下にある書庫だった。

 埃っぽいカビの匂いがする、その場所で、彼女は、何十年も前の市の広報誌や、地域の農業組合が発行していた古い機関誌のバックナンバーを、一枚一枚、めくっていた。

 そして、ついに見つけ出した。

『わが町の匠』という、小さな特集記事。そこには、今よりも三十歳は若々しい、日に焼けた岩田茂の顔写真と、短いインタビューが掲載されていた。


『土は正直だ。こっちが手を抜けば、それなりのもんしか返してこねえ。だが、こっちが魂を込めて向き合えば、土も必ず、魂で応えてくれる。それが、野菜作りってもんだ』


 その、無骨で、しかし、確かな哲学に、凛は胸を打たれた。


 一方、渡辺さん夫妻は、彼らの長年の地域ネットワークを駆使していた。

 彼らが話を聞きに行ったのは、岩田と同世代で、昔、彼の畑の一番の顧客だったという、八百屋の引退した大将だった。

「ああ、岩田かい。あいつは頑固で、石頭で、日本一のへそ曲がりだったよ」

 大将は懐かしそうに目を細めた。

「だが、あいつの野菜への愛情だけは本物だった。客が大根をぞんざいに掴もうもんなら、『俺の娘に乱暴するんじゃねえ!』って、本気で店から叩き出したことも、あったくらいだからな」

 大将は思い出し笑いをしながら言った。

「あいつが一番嫌うのは、中途半端な覚悟だ。土をなめてる奴を、あいつは絶対に許さねえよ」


 数日後。

 仲間たちは、再び、農園に集結した。そして、それぞれが持ち寄った情報のピースを、修一の前に広げていく。

 凛が、つきとめた、彼の「哲学」。

 渡辺さんたちが、集めてきた、彼の「人物像」。

 それらの断片的な情報が、一つに組み合わさった時。そこに、岩田茂という一人の、不器用で、誇り高い人間の詳細な「プロファイル」が浮かび上がった。


 修一は、それらすべての情報を、自分の『攻略マニュアル』の新しいページに書き込んでいく。


対象ボス:岩田 茂】

【クラス】:グランドマスター・ファーマー(引退)

【属性】:誇り(プライド)、孤独

【弱点】:孤独、そして、本物の覚悟を持った者への、敬意

【特技】:自家製、有機肥料の調合

【地雷(絶対にしてはいけないこと)】:土と道具への不敬


 それは、もはや、畑の攻略本ではなかった。

 岩田茂という、一人の人間の心を「開墾」するための、世界で、たった一冊の攻略本だった。

 修一はペンを置くと、完成した、そのページを満足げに眺めた。

 そして、仲間たちに向き直る。

「ありがとうございます、皆さん」

 彼の目には、確かな勝算の光が宿っていた。

「これで、攻略法が見えました。……次の作戦に移ります」

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