第70話 再結成(リユニオン)
翌日の日曜日。
田中修一と佐々木凛は、約束の時間よりも少し早く、コミュニティ農園の前に立っていた。
凛が、昨日のうちに、参加者たち全員に、もう一度だけ、集まってほしいと連絡を入れてくれたのだ。果たして何人が、この絶望の焼け跡に、再び、足を運んでくれるだろうか。
修一の心に不安がよぎる。だが、隣に立つ凛の、迷いのない、まっすぐな横顔が、彼に勇気を与えてくれた。
やがて、遠くから、見慣れた人影が近づいてくる。
渡辺さん夫妻。佐藤さん親子。そして、数人の主婦たち。
あの日、彼の独善的な態度に心を傷つけられ、この場所を去っていったはずの仲間たちだった。彼らは、まだ、表情は硬いものの、誰一人、欠けることなく、この場所に戻ってきてくれたのだ。
全員が揃ったのを見計らって、凛が、まず、口を開いた。
「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」
彼女は、深々と頭を下げた。
「そして、先日は私の力不足で、皆さんを不安な気持ちにさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
彼女は、顔を上げると、隣に立つ、修一の方をちらりと見た。
「昨日、田中さんと、お話ししました。そして、私自身、決めました。私は、田中さんの新しい作戦を全面的に支持します。彼をもう一度、この農園のリーダーとして、信じたいと思います」
凛の、その、凛とした宣言。
それは、彼女が、修一との「再契約」を、仲間たちの前で、公式に宣言した瞬間だった。
その場のすべての視線が、修一に注がれる。
最後に決断を下すのは、この小さな共同体のメンバー自身だ。
渡辺さんが、代表して、重い口を開いた。
「……先生。わしらも、あんたの話を、あれから一晩、みんなで考えた」
彼は、腕を組み、厳しい目で修一を見据えている。
「正直に言やあ、まだ半分も、納得なんざ、できちゃいねえ。畑を荒らした憎い相手に、こっちから頭を下げろだなんて。そんな馬鹿げた話があるもんか」
その言葉は、もっともだった。正論であり、常識だった。
修一は、その、厳しい言葉を静かに受け止めた。
「おっしゃる通りです。納得できないのが普通だと思います」
彼の声は穏やかだった。
「これは、正しいか、間違っているか、という話じゃないんです。俺たちが、この場所で、どうありたいか、という話なんです」
彼は、ゆっくりと仲間たちの顔を見渡した。
「俺たちは、ただ、野菜を作る集団じゃないはずです。この場所から、温かい、人の繋がりを、もう一度、育てていく。それが俺たちの、本当の目的だったはずです」
渡辺さんは、ぐっと、言葉に詰まった。
修一は、続けた。
「俺は逃げません。もう二度と」
その瞳には確かな光が宿っていた。
「皆さんの大切な場所を、そして、皆さんの気持ちを、今度こそ、俺が守ります。だから、どうか……もう一度だけ、俺に賭けてはもらえませんでしょうか」
長い沈黙が流れた。
冷たい秋の風が、枯れた雑草を揺らしている。
やがて、渡辺さんが、天を仰ぎ、これまでで、一番、大きな、大きな、ため息をついた。
そして、がしがしと、自分の頭を掻きむしった。
「……ああ、もう! 分かった、分かったよ!」
その声は、半分、ヤケクソのようだった。
「うちのかみさんや、ここにいるみんなを傷つけたことを、そう簡単に水に流せるほど、お人好しじゃねえけれど、先生の、その馬鹿げたお人好しに、もう一度だけ付き合ってやらあ! このまま終わっちまうよりゃ、マシだろう!」
彼は、他の仲間たちの方を振り返った。
「みんな、それでいいな! 文句は言わせねえぞ!」
その乱暴な、しかし、愛情のこもった一言に、他の仲間たちも顔を見合わせ、やがて、一人、また一人と、小さく頷いた。
凛の瞳から、一筋、涙がこぼれ落ちた。
修一は、こみ上げてくる熱いものを、必死でこらえながら、もう一度、深く、深く、仲間たちに頭を下げた。
「ありがとうございます、皆さん……!」
賢者のパーティーは、一度、壊滅した。
だが、今、ここに、以前よりも、ずっと強く、そして、困難な目的に向かう、新しいパーティーとして再結成された。
修一は、顔を上げると、頼もしい仲間たちの顔を見渡した。
「……では、最初の作戦を始めます」
彼の静かな号令が、新しい物語の始まりを告げていた。




