第69話 再契約
田中修一の、あまりにも常識外れの提案。
それは、怒りに燃えていた仲間たちの心に、大きな、大きな、波紋を広げた。
「……先生の言うことも、分からねえでも、ねえが……」
渡辺さんは、腕を組み、苦虫を噛み潰したような顔で唸っている。他の参加者たちも、すぐには、その提案を受け入れることができず、戸惑いの表情を浮かべていた。
「……すみません。皆さん、少しだけ時間をください」
その重たい空気を見計らったかのように、佐々木凛が、静かに口を開いた。
「今日のところは、一旦、解散にしましょう。そして、田中さんの提案について、冷静に考えてみませんか。最終的にどうするかは、それから、もう一度、みんなで決めましょう」
その、凛の、的確な仲裁に、誰も異論はなかった。参加者たちは、それぞれ複雑な表情を浮かべたまま、一人、また一人と農園を後にしていく。
やがて畑には、修一と凛の、二人だけが取り残された。
気まずい沈黙が流れる。
二人が、こうして二人きりで向き合うのは、あの、修一が、彼女を、一方的に拒絶した日以来だった。
その沈黙を破ったのは凛の方だった。
「……田中さん」
彼女は、修一の目をまっすぐに見つめていた。
「さっきの話……。驚きました」
「……すみません。勝手な、ことばかり言って」
「ううん、そうじゃなくて」
凛は、小さく、首を横に振った。
「あなたの、孤独だったっていう話。……私、全然、気づいてあげられなかった。ごめんなさい」
それは、修一にとって、あまりにも意外な謝罪の言葉だった。
「私、自分のプロジェクトのことばっかりで。田中さんが、どんな思いで、この畑に来てくれていたのか、ちゃんと分かろうとしていませんでした。あなたを追い詰めていたのは、岩田さんだけじゃなくて、私も同じだったのかもしれません」
彼女の瞳が、後悔に潤んでいる。
その、あまりにも真摯な彼女の言葉に、修一の心の壁が、音を立てて崩れていった。
「……違うんです、佐々木さん」
彼は、かぶりを振った。
「悪いのは全部、俺です。逃げたのも、皆さんを傷つけたのも、俺の弱さのせいだ。あなたが謝るようなことは、何もない」
それが、彼の本心だった。
二人は、ようやく、互いに自分の過ちを認め合い、そして許し合った。
長かった、すれ違いの季節が、終わりを告げた瞬間だった。
凛は、そっと涙を拭うと、かすかに微笑んだ。
「それで……これから、どうするんですか? 岩田さんを本当に仲間に?」
その問いに、修一は、力強く頷いた。
「はい。……途方もない作戦だってことは分かってます。でも、これしか、ないと思うんです」
彼は、自分の胸の内を正直に凛に打ち明けた。
岩田のプライドを正面から攻撃しても、事態は悪化するだけだ、と。だが、もし、俺たちが、彼のプライドを尊重し、敬意を払うことができれば。もしかしたら、ほんの少しだけ、彼の心の扉を開ける可能性があるかもしれない、と。
「もちろん、これは賭けです。失敗する可能性の方が高いでしょう。でも俺は、それに賭けてみたい」
凛は、黙って、修一の話を聞いていた。
彼の顔には、もう、以前のような怯えや、焦りの色はなかった。そこにあるのは、困難なクエストに自らの意志で挑もうとする、賢者の、燃えるような覚悟だった。
彼女は、深く息を吸い込むと、はっきりと言った。
「分かりました。田中さんの作戦に乗ります」
そして彼女は、いたずらっぽく笑った。
「あなたが、賢者で、司令塔。私は、パーティーの事務手続きと、後方支援を担当する、神官、ってところですかね」
その思いがけない、ゲームに喩えた言葉に、修一は驚いて顔を上げた。
そして、つられて、ふっと、笑った。
何週間ぶりだろうか。彼が、心の底から笑ったのは。
「よろしくお願いします。神官様」
「こちらこそ。賢者様」
二人は、どちらからともなく、互いに手を差し出した。
その、固い握手。
それは、彼らの、新しいパートナーシップの再契約だった。
今度こそ、決して壊れることのない、賢者パーティーを組もう。
本当の信頼で結ばれた、仲間と共に。




