第67話 仲間への謝罪
渡辺さんとの電話から、二日後の土曜日の朝。
田中修一は、約束の場所であるコミュニティ農園の入り口に、一人、立っていた。秋の日差しは穏やかだったが、彼の心は、まるで嵐の前の海のように、静まり返っていた。
やがて、見慣れた顔が、ぽつり、ぽつりと集まってきた。
渡辺さん夫妻。佐藤さん親子。そして、凛に最後まで寄り添っていた、数人の主婦たち。かつての活気に満ちた頃に比べれば、その数は、あまりにも寂しかった。
彼らの視線は硬い。修一の、その、小ざっぱりとした見慣れない姿を、戸惑いと、いぶかしげな思いが入り混じった目で、遠巻きに眺めている。
凛の姿は、まだ、ない。渡辺さんが、声をかけてくれたようだが、彼女は「少し、遅れていきます」とだけ、答えたという。彼女の心の傷の深さを、修一は、痛いほどに感じていた。
重たい沈黙が、その場を支配する。
修一は、意を決して、仲間たちの前に一歩進み出た。そして、その場で深々と腰を折り曲げ、頭を下げた。
「皆さん。本日は、俺のわがままのために集まっていただき、本当に、ありがとうございます」
その、はっきりとした声。そして、潔い、その態度に、仲間たちの間に、かすかな、どよめきが広がった。
彼は、ゆっくりと顔を上げた。
「そして……本当に申し訳ありませんでした」
再び、深々と頭を下げる。
「俺はリーダー失格でした。自分の弱さと焦りから、皆さんを傷つけ、この大切な場所を壊してしまいました。どんな言葉で謝っても、許されることではないと思っています」
彼の、その、あまりにもまっすぐな謝罪の言葉。
それを誰も、遮る者はいなかった。
修一は、顔を上げると、一人一人の目を順番に、しっかりと見つめながら続けた。
「渡辺さん。奥さんの優しい気持ちを俺は踏みにじりました。本当に、すみませんでした」
「佐藤さん。健太君に怖い思いをさせてしまいました。本当に、ごめんなさい」
彼は、誰のせいにもしなかった。言い訳も、しなかった。
ただ、ひたすらに、自分の過ちだけを認め、謝罪し続けた。
その真摯な姿に、仲間たちの硬く凍りついていた心が、少しずつ解けていくのが分かった。
渡辺さんが、気まずそうに咳払いを一つした。
「……まあ、先生。もう、いいじゃねえか。俺たちも、少し、かっとなりすぎてた」
「そうよ、田中さん。あなたのせいだけじゃ、ないわ」
佐藤さんも、優しい声で、そう言ってくれた。
だが、修一は、静かに首を横に振った。
「いえ。全部、俺の責任です」
彼は、そう、きっぱりと言い切った。
そして続けた。
「ですが……もし、皆さんが許してくださるのなら。俺に、もう一度だけ、チャンスをいただけないでしょうか」
彼の、その言葉に、全員が息を飲む。
「もう一度、皆さんと、この場所で、畑を作りたいんです。今度は絶対に間違えませんから」
その時だった。
「―――どうやって、ですの?」
冷たく、しかし、凛とした声が、彼の背後から響いた。
修一が振り返ると、そこには、いつの間にか、佐々木凛が立っていた。その瞳は、まだ彼を、厳しく見据えている。
「あなたの言う通りにすれば、また同じことの繰り返しになるんじゃありませんか? 今度は、どうやって、この場所を守るというんですか?」
それは、この場にいる全員の問いかけでもあった。
修一は、その厳しい問いかけから、目をそらさなかった。
彼は、凛を、そして仲間たちをまっすぐに見つめ返すと、静かに、そして、はっきりと告げた。
「今度は、俺一人の力じゃありません」
彼は、自分の胸を指差した。
「俺たちが本当に戦うべき相手は誰なのか。そして、その相手に、どうすれば勝てるのか。俺には、そのための新しい作戦があります」
賢者の、その、確信に満ちた言葉に、その場にいた誰もが固唾を飲んだ。
彼の、逆襲の第一歩は、こうして、失われた仲間たちの信頼を、かろうじて繋ぎ止めることから始まった。




