表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の城は六畳間  作者: かわさきはっく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/80

第61話 消し忘れたショートカット

 田中修一は、自らを六畳間の暗闇に幽閉した。

 食事も、睡眠も、ろくに取らず、ただ、壁の一点を見つめ続ける。そんな、生ける屍のような時間が、何日も過ぎていった。

 だが、ある日、彼は、ふと、思った。

 このままではダメだ。中途半端だ、と。

 過去の輝かしい記憶が、今の、この惨めな自分を苛み続ける。ならば、その記憶の痕跡ごと、すべて、この世から消し去ってしまわなければならない。

 彼は最後の未練を断ち切るため、自らの過去のすべてを破壊する儀式を始めることにした。


 彼はパソコンの電源を入れた。

 そして、ハードディスクの奥深くに眠っていた、古いフォルダを次々と開いていく。


 最初に見つけたのは、大学時代の卒業論文のデータだった。徹夜を繰り返し、仲間たちと、ああでもない、こうでもないと、議論を交わしながら書き上げた、若き日の情熱の結晶。

 彼は、そのファイルを躊躇なく、ゴミ箱へとドラッグ&ドロップした。


 次に見つけたのは、趣味で描いていた、イラストのデータだった。いつか、プロになれるかもしれない、などと、淡い夢を見ていた頃の数々の作品。

 それも、すべて、ゴミ箱へ。


 昔の旅行の写真。もう、顔も、おぼろげになった、友人たちとの笑顔。

 それも、ゴミ箱へ。


 彼は、まるで、自分の人生そのものを消去していくかのように、無心でデータを破壊し続けた。

 もう、消すべきものは残っていないだろうか。

 彼は念入りにドライブの中を探し回る。すると、デスクトップの隅に追いやられるように置かれた、「趣味」という名前の古いフォルダが目に入った。

 その中には、ただ一つだけ。

 見慣れた、竜の紋章をかたどった、あの、オンラインゲームのショートカットアイコンが、ぽつんと残されていた。


(……ああ、そうか。これも、あったか)

 ゲーム本体のアプリケーションは、あの、絶望の日に、すべてアンインストールしたはずだ。これは、リンクが切れた残骸だろう。

 彼は、その残骸に、別れを告げるかのように、ダブルクリックした。


 エラーメッセージが表示されるはずだった。

 だが―――。

 画面に表示されたのは、エラーを告げる無機質なウィンドウではなかった。

 代わりに、軽快な起動音と共に、見慣れたチャットツールのログイン画面が現れたのだ。

(……なんだ、これ……?)

 そうだ。ゲーム本体とは別に、仲間たちと、いつでも連絡が取れるようにと、この外部ツールだけは残してあったのだ。そして、その存在を、彼は完全に忘れていた。

 次の瞬間。

 ログインが自動的に完了し、彼の目の前に、これまで受信した、すべてのメッセージが、洪水のように溢れ出した。


『シュウさん、生きてるか?』

『何かあったんじゃないかって、みんな、すごく心配してるんだ』

『返事、聞かせてくれよ!』

『シュウさんがいないと、このパーティーは、バラバラになっちゃうよ!』


 おびただしい数の未読メッセージ。

 その、一つ一つが、暗闇の中に閉じこもっていた彼の心に、小さな、小さな、光の点を灯していく。

 彼は、ただ呆然と、その画面を見つめていた。

 自分が捨てたはずの世界。

 その世界は、まだ彼のことを諦めてはいなかったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ