第60話 滅亡、再び
去っていく、凛の、最後の足音。
それが、完全に聞こえなくなった時。
田中修一の世界から、本当に、すべての音が消えた。
彼はドアに背中を預けたまま、ゆっくりと床に崩れ落ちた。
望み通りだった。
彼は望み通り、完全な孤独を手に入れたのだ。
もう誰も、彼を傷つける者はいない。
もう誰も、彼に何かを期待する者はいない。
彼は暗闇の中で、静かに、失ったものを数え始めた。
一つ、畑を失った。
自分たちの手で、懸命に耕した、あの希望に満ちた大地。それは、今、氷の下で、静かに死に絶えている。
一つ、仲間を失った。
渡辺さん夫妻の、ぶっきらぼうな優しさ。佐藤さん親子の、屈託のない笑顔。彼らと共に汗を流した、あの、温かい時間。
一つ、友を失った。
自分の、どうしようもない弱さを、それでも、最後まで信じようとしてくれた、一人の、まっすぐな女性。彼女の涙を、彼は、拭ってやることさえ、できなかった。
一つ、自信を失った。
賢者。先生。魔法使い。人々が与えてくれた、輝かしい称号。それらはすべて、砂上の楼閣だった。自分は結局、何者にも、なれなかった。
一つ、能力の喜びを、失った。
彼を、外の世界へと導いてくれた、奇跡のコンパス。それは、今や、壊れて、破滅の未来ばかりを指し示す、呪いの道具と成り果てた。
すべてを、失った。
彼は、数ヶ月前の自分に、逆戻りしたのだ。
いや、違う。
修一は、かぶりを振った。
あの頃とは、比べ物にならないほど、今の自分は、もっと、ずっと、深い場所にいる。
物語が始まる前の彼は、ただ、無気力で、無感覚なだけの、抜け殻だった。
自分が、何を失っているのかさえ、気づかないほどに、麻痺していた。
だが、今の彼は知ってしまった。
土の匂いを。
収穫の喜びを。
仲間と笑い合う温もりを。
誰かに必要とされる誇りを。
一度、その、温かい光を、その身に浴びてしまったからこそ。
この、絶対的な孤独と暗闇は、あまりにも耐え難く、骨身に凍みた。
賢者の城は六畳間。
彼は再び、その城へと帰還した。
だが、そこは、もはや安住の地ではありえない。失われた楽園の記憶が、彼の心を永遠に苛み続ける牢獄だ。
彼は自らの手で、扉を固く閉ざしたのだ。
滅亡。
かつて、彼が、ただ漠然と受け入れるだけだった、その言葉。
今、それは、彼自身が選び取ってしまった、確かな現実として、彼の目の前に横たわっていた。
希望の種は、すべて絶えた。
ここには、もう、何も生まれない。
賢者は自らの城で、今度こそ、本当に滅亡した。




