第54話 崩壊
太陽は無慈悲に昇っていく。
その、暖かさのない冬の光が、氷を纏った畑をきらきらと、残酷なまでに美しく照らし出していた。
コミュニティ農園に集った仲間たちの間に言葉はなかった。ただ、目の前の絶望的な光景を前に、誰かが、ひっく、と、息を漏らす音だけが、氷点下の空気に響いては消えた。
その、張り詰めた沈黙を最初に破ったのは、渡辺さんの怒声だった。
「……なんで、こうなるんだよ」
彼の声は、怒りなのか、悲しみなのか、分からないほどに震えていた。
「俺たちが、一体、何をしたってんだ……。ようやく、ここまで来たってのによぉ……」
その言葉が引き金だった。
堰を切ったように、参加者たちの口から、これまで押さえ込んできた、不満と絶望が溢れ出した。
「やっぱり、この土地はダメなのかしら……。呪われてるんだわ、きっと」
若い主婦が青ざめた顔で、そう呟いた。最初に双葉が荒らされたこと。ホースが切られたこと。そして、この、ありえない氷の世界。それは、もはや、人間の仕業などではなく、もっと大きな見えない何かに拒絶されているとしか思えなかった。
「人手が足りなかったんだ! あの時、もっとちゃんと、シートをみんなで、かけてさえいれば……」
「今更、そんなこと言ったって仕方ないでしょう!」
言い争いが始まる。これまで仲間として、同じ目標に向かってきたはずの彼らが、互いに責任をなすりつけ合う。その光景は、修一の心を鋭利な刃物のように切り刻んだ。
やがて、その矛先は静かに、彼らのリーダーたちへと向けられた。
誰も、修一を直接罵倒はしない。
だが、その視線が雄弁に彼を責めていた。
『先生、あんた分かってたんじゃねえのか』
『なぜ、俺たちを守ってくれなかったんだ』
『あんたの、あの予言は結局何だったんだ』
声なき非難が、四方八方から修一に突き刺さる。彼は、何も言い返すことができなかった。
賢者などではない。彼は、ただの無力な男だった。この最悪の未来を予見していながら、結局、何も変えることができなかったのだから。
「……もう無理だ」
最初に、そう言ったのは、新しい参加者の一人だった。
彼は、持っていたスコップを、カラン、と、乾いた音を立てて地面に落とした。
「俺は、もうやめるよ」
その言葉は、まるで伝染病のように広がっていった。
「……私も、もうこれ以上は……」
「ああ、バカバカしい。やってられるか」
一人、また一人と、参加者たちは、無言で自分の道具を地面に置いていく。それは、彼らの降伏の証であり、この場所との決別の儀式だった。
「皆さん! 待ってください!」
凛が、膝から崩れ落ちたまま、必死に声を上げた。
「もう一度、やり直しましょう! きっと今度こそ……!」
だが、その声は、もう誰の心にも届かなかった。
佐藤さんが、泣いている健太君の手を強く引きながら、凛に深々と頭を下げた。
「……佐々木さん。今まで、ありがとうございました。……楽しかったです」
その、最後の言葉が、彼らのコミュニティの完全な死を宣告した。
参加者たちは、もう、修一の方を見向きもしなかった。
彼らは、一人、また一人と、この、夢の跡地と化した畑に背を向け、それぞれの日常へと帰っていく。
あっという間に畑には、修一と凛の二人だけが取り残された。
打ち捨てられた農具たち。そして、氷の中で永遠に時を止めてしまった、小さな双葉たち。
その墓標の真ん中で、凛は、ようやく、ゆっくりと修一の方を見上げた。
その瞳には、もはや、怒りも失望もなかった。
ただ、あまりにも深く、そして悲しい、問いかけの色だけが浮かんでいた。
「どうして……こんな、ことに……」
崩壊は、まだ終わっていなかった。
修一の心の崩壊が、これから始まろうとしていた。




