表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の城は六畳間  作者: かわさきはっく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/80

第51話 霜の予言

 ―――氷点下。

 テレビの気象予報士が、にこやかに告げたその言葉。

 それが引き金だった。


 田中修一の脳裏で、狂い始めた能力が、これまでで最も鮮明で、最も残酷な未来ビジョンを映し出した。

 それは、もはや、警告などという生易しいものではない。確定された、死の予言だった。

 彼は見た。

 夜の闇の中、音もなく、白い悪魔―――霜が、畑に舞い降りる光景を。

 生まれたばかりの、か弱いホウレンソウの双葉が、その白い息に触れられた途端、まるで、熱湯を浴びたかのように、黒く、ぐにゃりと萎れていく。

 瑞々しいダイコンの葉が、氷の結晶に細胞を破壊され、ぱりぱりと、ガラス細工のように砕け散っていく。

 そして、夜が明けた時。

 かつて、希望の緑に満ちていたはずの畑は、一面、黒く腐り果てた、死の世界へと変貌している。


「―――あ……あああああっ!」

 修一は、意味のない叫び声を上げて、椅子から転げ落ちた。

 ダメだ。ダメだ。ダメだ。

 あんな未来に、させてたまるか。

 俺が、みんなで、ようやく、ここまで……。


 彼の心は、もはや、恐怖や、罪悪感に支配されてはいなかった。ただ、目の前の絶対的な破滅を回避しなければならないという、本能的な衝動だけが、彼の体を突き動かしていた。

 彼は、ジャケットを羽織るのも忘れ、パジャマ代わりのスウェットのまま、玄関を飛び出した。夜の凍てつくような空気が肺を刺す。

 彼は、走りながら、ポケットからスマートフォンを取り出し、震える指で、佐々木凛の番号を呼び出した。


「もしもし、田中さ―――」

「佐々木さんっ! ニュース、見ましたか! 霜です! 今夜、霜が降ります!」

 凛が、何かを言い終わる前に、修一は、パニック状態で、まくし立てた。

「このままじゃ、全部、やられます! 全部、終わってしまう!」

「え、ええ!? でも、予報では、あくまで、その可能性があるというだけで……」

「可能性があるとか、そういう問題じゃないんです! 来る! 絶対に来ます! 俺には分かるんです!」


 彼の、あまりにも必死な鬼気迫る声に、凛は、ただ息を飲む。

 修一は、電話の向こうの彼女に叫んでいた。

「今すぐ、畑に来てください! 渡辺さんたちにも連絡を! できるだけ、人を集めてください! お願いします!」

 そう言うと、彼は、一方的に通話を切った。


 夜のコミュニティ農園。

 凛からの緊急連絡を受け、集まったのは、渡辺さん夫妻と、数人の熱心な参加者だけだった。ほとんどの者は、こんな夜中に何を馬鹿な、と、取り合わなかった。

 彼らの前に立つ修一は、もはや、いつもの物静かな賢者ではなかった。その目は狂的な光を宿し、髪は乱れている。

「いいですか! 今夜中に、この畑のすべての畝を、ビニールシートで覆います! 急いでください!」

 彼は、凛が市の備品倉庫から、かき集めてきた、数枚の巨大なブルーシートを指差した。


「せ、先生……。本気かい?」

 渡辺さんが、戸惑いの声を上げる。

「予報が外れるかもしれねえのに……。それに、こんな大きな畑を全部、覆うなんて、無理だ……」

「無理じゃない! やるんです!」

 修一が、怒鳴った。

 その、あまりにもヒステリックな様に、参加者たちの間に戸惑いと、かすかな不信感が広がる。

 農園が荒らされた一件以来、ずっと様子のおかしかったリーダー。彼は、ついに、おかしくなってしまったのではないか。

 彼らは、互いに顔を見合わせる。

 その、一瞬の躊躇が、彼らの運命を決定づけることになるのを、まだ、誰も、知らなかった。

 彼らは、時間という、最も重要な武器を、リーダーへの揺らぎ始めた信頼によって、少しずつ失っていたのだ。

 夜空では、星々が、残酷なほど冷たく輝いていた。

 白い悪魔の足音が、すぐそこまで迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ