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賢者の城は六畳間  作者: かわさきはっく


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第46話 能力の副作用

 徹夜の見張りを終えた体は、水を含んだスポンジのように重かった。

 田中修一は、ほとんど惰性でコミュニティ農園へと足を運んだ。太陽は昇っているはずなのに、彼の見る世界は、どこか色褪せて、灰色がかっているように見えた。

 仲間たちは、すでに作業を始めていた。だが、そこに、かつてのような明るい声はない。皆、黙々と、どこか義務のように、手を動かしているだけだった。


(俺のせいだ……)

 その重たい空気が、彼の罪悪感を、さらに深く抉る。

 彼は、その罪悪感を振り払うように、自分の担当である、ホウレンソウの畝の前に屈み込んだ。まだ、か細いが、元気に育っている双葉。それが、今の彼にとって、唯一の救いだった。

 彼は、いつものように、その芽に能力を集中させた。そのポテンシャルを、その輝かしい未来を、その目で確かめることで、少しでも、今のこの絶望的な気分から、抜け出したかったのだ。


【対象:ホウレンソウ(幼葉)】

【根源的ポテンシャル:栄養価の高い野菜として、人々の食卓を彩る】


 いつもの、温かい情報が流れ込んでくる。修一は、ほっと、息をついた。

 だが、その直後。

 まるで、テレビの画面が乱れるように、彼の脳内のビジョンに黒いノイズが走った。そして、これまで見たこともない不吉な情報が、その上に、上書きされていく。


【警告:腐敗ポテンシャル:高】

【予測ビジョン:灰色かび病の発生。葉は、灰色のカビに覆われ、やがて、黒く腐り落ちる】


「―――ひっ!」

 修一は、思わず、短い悲鳴を上げて、その場から飛びのいた。

 幻覚だ。疲れているんだ。

 彼は、ぶんぶんと頭を振ると、今度は隣のダイコンの芽に、おそるおそる能力を使った。


【警告:害虫ポテンシャル:極大】

【予測ビジョン:アブラムシの大量発生。緑の葉が、おびただしい数の虫によって、蠢く黒い塊へと変貌する】


 目の前の可愛らしい双葉が、一瞬、黒い虫の塊に見えた。

 修一は、息が詰まりそうになるのを必死でこらえた。

 おかしい。俺の能力が、おかしい。

 ストレスと極度の睡眠不足が、彼の、あまりにも繊細なコンパスを狂わせ始めていたのだ。これまで、希望の未来だけを指し示してきた羅針盤が、今や、最悪の未来、破滅の可能性ばかりを指し示すようになってしまっていた。


 彼は、青ざめた顔で、仲間たちの方を見渡した。

 渡辺さんが、難しい顔で、土をいじっている。凛が、心配そうに、こちらを見ている。

 その瞬間、彼の能力は、またしても、本人の意志とは無関係に発動した。

 だが、見えてきたのは、彼らの根源的ポテンシャルではない。もっと、表層的で生々しい、負の感情だった。


【対象:渡辺 正】

【現在の感情:不満、疑念】

【思考ノイズ:「あの先生も、口ばっかりだな」「このまま続けて、意味があるのか」】


【対象:佐々木 凛】

【現在の感情:焦燥、失望】

【思考ノイズ:「計画が、どんどん遅れていく」「田中さんに、期待しすぎたのかもしれない」】


 黒い靄のような負の感情が、津波のように、修一の心へと流れ込んでくる。

 それは、彼らが、実際に、そこまで強く思っていることではないのかもしれない。ただ、誰もが抱える、ほんの少しの不安や不満が、修一の、 被害妄想というフィルターを通して、極端に増幅されて見えているだけなのかもしれない。

 だが、今の彼に、それを冷静に判断する力はなかった。


「……っ」

 彼は、仲間たちから顔をそむけた。

 もう、誰も信じられない。

 みんな、俺のことを役立たずだと思っている。無能なリーダーだと見下している。

 彼の心の中で、固く閉じたはずの過去の傷口が、再び、大きく開いた。


「田中さん、大丈夫ですか? 顔色が、真っ青ですよ」

 凛が、心配して、声をかけてくる。

 だが、今の修一には、その優しささえも、偽善にしか聞こえなかった。

「……別に」

 彼は、吐き捨てるように、それだけを言うと、自分の殻に、固く、閉じこもってしまった。

 賢者の城は、今や、内側から腐り落ちようとしていた。

 彼の能力は、希望を照らす光から、彼の心を蝕む、呪いへと、姿を変えてしまったのだ。

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