表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の城は六畳間  作者: かわさきはっく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/80

第38話 畑の設計図

 十一月に入り、コミュニティ農園は、いよいよ本格的な作付けの季節を迎えていた。

 台風の試練を乗り越え、参加者たちの団結力は最高潮に達している。開墾作業は、ほぼ完了した。彼らの目の前には雑草一本ない、黒々とした土が広がり、あとは命の種を蒔くだけとなっていた。

 だが問題は、ここからだった。

「さて、先生。いよいよ種まきだが、何から始めりゃいいんだい?」

 週末の朝礼で、すっかり現場監督が板についた渡辺さんが、全員を代表して修一に尋ねた。

 参加者は、今や二十人近くにまで増えている。その、期待に満ちた視線が一斉に修一に突き刺さり、彼は思わず、たじろいだ。


 彼らは、土を耕すことはできても、その先に何を、どう植えればいいのか、ほとんどの者が素人だった。

「ホウレンソウは、いつ蒔くのがいいのかしら」

「ダイコンって、どのくらい、間をあけて植えるの?」

 あちこちから、不安げな声が上がる。このままでは、せっかく作り上げた最高の畑も、宝の持ち腐れになってしまう。

 佐々木凛も、心配そうな顔で修一を見つめていた。彼女が用意できるのは、市の予算で買い揃えた、ホウレンソウ、コマツナ、ダイコンといった、秋冬野菜の種だけだ。その種を、どうすれば、畑という舞台で、見事に開花させることができるのか。

 その答えを知っているのは、この中で、ただ一人しかいない。


「……皆さん」

 全員の視線が集中する中、修一は、ゴクリと唾を飲み込むと、おもむろに、一冊の真新しいノートを取り出した。

 これまで、彼が一人で書き溜めてきた『攻略マニュアル』ではない。それは、この日のために、彼が何日もかけて準備してきたものだった。

 彼は、そのノートのページを、一枚、また一枚と、丁寧に破り始めた。そして、その破ったページを参加者たち一人一人に配って歩く。


「……これは?」

 渡辺さんが、受け取った紙を不思議そうに眺めた。

 それは、手書きのコピーだった。だが、そこに書かれていたのは、単なるメモではない。

 まず、農園全体の美しい地図が描かれている。そして、各区画エリアごとに、植えるべき野菜の名前が、はっきりと記されていた。

 それだけではない。


【A-2区画:ホウレンソウ担当】

 ・畝の幅:60cm

 ・種まき方法:深さ1cmの溝を2本作る(すじ蒔き)

 ・種の間隔:1~2cm

 ・注意点:種を蒔いた後、土をかけすぎないこと。軽く手で押さえる程度でOK。


【B-4区画:ダイコン担当】

 ・畝の幅:70cm

 ・種まき方法:株間(間隔)30cmを確保。一箇所に4~5粒ずつ蒔く(点蒔き)

 ・注意点:ダイコンは、根がまっすぐ伸びることが重要。土の中に、石が残っていないか、最後にもう一度、よく確認すること。


 区画ごとに、担当する野菜、畝の幅、種の蒔き方、注意点といった情報が、誰が読んでも分かるように、簡潔で、丁寧な言葉で記されていた。まるで、プロが作った、完璧な作業指示書マニュアルだった。

 凛は、自分が受け取った紙を、震える手で見つめていた。そこには、彼女の担当であるコマツナの育て方が、美しいイラスト付きで描かれていた。

 この人は、いつの間に、こんなものを……。

 彼女は、修一の、その底知れない準備と、仲間たちへの深い配慮に、胸が熱くなるのを感じた。


「すげえ……」

 誰かが感嘆の声を漏らした。

「これなら、わしらみたいな素人でも、間違えようがねえや」

「まるで、畑の設計図だわ」

 参加者たちの顔に、不安の色は、もうなかった。代わりに、明確な目標を与えられた時の、明るい興奮と、高揚感が満ち溢れていた。


 修一は、全員に設計図を配り終えると、いつものように、少し離れた場所で、照れくさそうに地面を見つめていた。

「……皆さん、自分の担当区画は分かりましたか」

 彼の、小さな、しかし、よく通る声が畑に響いた。

「それでは……今日のクエストは、種まきです。始めましょう」

 その言葉を合図に、参加者たちは、一斉に、それぞれの持ち場へと散っていった。

 それは、もはや、烏合の衆の、素人の集まりではなかった。

 一人の、類まれなる賢者が作り上げた、完璧な設計図の下、それぞれの役割を理解し、同じ目標に向かって進む、熟練の職人集団のようだった。

 彼らの手によって、最初の命の種が、約束の大地へと蒔かれていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ