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賢者の城は六畳間  作者: かわさきはっく


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第3話 俺だけが視える攻略情報

「俺みたいだな……」

 田中修一は、枯れかけたハーブの苗が入った小さなビニールポットを前に、自嘲気味に呟いた。

 茶色く変色した葉、力なく垂れた茎、乾いてひび割れた土。本来ならとっくに捨てられているべき、命の残骸。それが、100円という値引きシールを貼られ、最後の買い手を待っていた。


「お客さん、そいつはもうダメだよ。やめときな」

 店の奥から、しわがれた声がした。顔を上げると、人の良さそうなお婆さんが、困ったように笑っている。

「でもまあ、持ってってくれるってんなら、タダでいいよ」

「いえ、お金は払います」

 修一は、なぜか頑なになっていた。これをこのまま見捨てることは、自分自身を見捨てることのような気がしたのだ。彼はポケットから小銭を取り出すと、ほとんど押し付けるように店主に渡し、その小さなポットを手に取った。


 家に帰り着くと、リビングのテレビを見ていた母・春子が、ちらりと修一の手元に視線をやった。その目には、またガラクタを増やして、という呆れの色が浮かんでいるように見えた。修一は何も言わず、そのポットを持ってベランダへ出ると、隅っこにそっと置いた。とりあえず、水を少しだけやる。それくらいしか、彼にできることはなかった。


 翌朝。

 修一は寝ぼけ眼のままカーテンを開けた。夏の強い日差しが、一気に部屋へとなだれ込んでくる。いつものように、ベランダの小さな家庭菜園に目をやった、その瞬間だった。

(……ん?)

 視界の隅、昨日買ってきたハーブの苗にピントが合った途端、頭の中に奇妙な情報が流れ込んできたのだ。それは声でも、文字でもない。ゲームのステータス画面を開いた時のように、対象のデータが脳に直接、インプットされるような感覚だった。


【対象:ハーブ(品種不明)】

【状態:瀕死(水分過剰、根詰まり、栄養不足)】

【最適化プラン】

 ・日照:午前中の柔らかい光をあと2時間必要。西日は避けること。

 ・水分:現在過剰。土の表面が完全に乾くまで水やりは不要。

 ・土壌:根詰まりが深刻。一回り大きい鉢へ植え替えを推奨。新しい土を追加。


「……は?」

 修一は思わず声を漏らした。目をこすり、もう一度見る。しかし、見えているのは、やはりただの枯れかけた苗だ。だが、頭の中には、今インプットされた攻略情報のようなデータが、くっきりと残っている。

(なんだこれ……。ついに頭がイカれたか? それとも、昨日の墓参りで熱中症にでも……)

 しかし、その情報は妙に具体的で説得力があった。特に「水分過剰」という指摘には思い当たる節がある。初心者がやりがちな失敗は水のやりすぎだとネットで読んだばかりだった。


 修一はしばらく呆然としていたが、やがて彼の心の奥底で、ゲーマーとしての魂が囁いた。

(……クエスト発生ってか?)

 馬鹿馬鹿しいとは思う。だが、この無気力な日常において、明確な「ミッション」が与えられたような感覚は、ほんの少しだけ心を浮き立たせた。失うものは何もない。

「やってみるか……」

 彼は独りごちると、物置から古い植木鉢と、以前買って余っていた園芸用の土を引っ張り出してきた。


 おそるおそる、ビニールポットから苗を取り出す。すると、白い根が底でガチガチに絡まり、息苦しそうに固まっていた。「根詰まりが深刻」という情報は正しかった。

 修一はネットで調べた知識を思い出しながら、慎重に根をほぐし、新しい鉢へ植え替える。そして、攻略情報に従って、西日の当たらない、午前中だけ日が差すベストポジションへと移動させた。


 それから、二日が経った。

 修一はベランダで自分の目を疑っていた。

 あの茶色く死にかけていたハーブが、明らかに生き返っているのだ。

 力なく垂れていた茎は、すっくと背を伸ばし、乾ききっていた葉には瑞々しい緑色が戻っている。鼻を近づけると、微かだが爽やかなハーブ特有の香りさえした。それは奇跡としか言いようのない光景だった。

「……すげえ」

 心の底から感嘆の声が漏れた。

 ゲームでレアアイテムを手に入れた時とも違う。もっと現実的で温かい達成感。この手で、一つの命を救ったのだという確かな手応え。ここ何年も感じたことのない、前向きな感情が胸に広がっていく。


 修一は生まれ変わったハーブと、自分のひょろりとしたミニトマトの苗を見比べる。

 そして、おそるおそる、ミニトマトの苗に意識を集中した。

(お前の攻略情報も……視えるのか?)

 すると、彼の頭の中に、再びあのクリアな情報が流れ込んできた。


【対象:ミニトマト】

【状態:成長不良(栄養不足、日照不足)】

【最適化プラン】……

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