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賢者の城は六畳間  作者: かわさきはっく


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第29話 土の声を聞く男

 コミュニティ農園、二回目の公式作業日。

 その日、田中修一の率いる最初の仲間パーティーは、一人も欠けることなく、再び絶望の大地に集結していた。それどころか、渡辺さん夫妻が、ゲートボール仲間だという別の老夫婦を二人、連れてきていた。仲間は、少しずつだが、着実に増えていた。


「よし、今日のクエストは、A-1区画の開墾作業だ」

 朝礼で、修一は、いつものように、自分の『攻略マニュアル』を開いて、淡々と告げた。

 前回の作業で、ゴミと雑草はきれいに取り除かれた。だが、本当の戦いはここからだ。長年放置され踏み固められた大地を、作物が育つための柔らかい土へと生まれ変わらせる、地道で過酷な作業が待っている。

 参加者たちは、先週の成功体験からか、皆、やる気に満ちた顔で頷いていた。


 修一は、鍬やスコップを手に取った参加者たちに、地図を指し示しながら、具体的な指示を与えていく。

「このエリアは石が多い。まずは土を掘り返しながら、拳より大きい石をすべて取り除いてください」

「土を掘る深さは、大体30センチを目安に。それ以上は、まだやらなくていいです」

 その指示は、相変わらず無駄がなく、的確だった。だが、B-3区画の担当になった渡辺さん夫妻にだけ、彼は少し不思議な指示を出した。

「渡辺さん、そのあたりを掘るときは、少し注意してください」

「ん? なんでだい」

「たぶん……他の場所より、ずっと土が柔らかくて、水気を含んでいるはずですから。あまり、力を入れすぎないほうがいいかもしれません」


 その、まるで預言者のような言葉に、渡辺さんは怪訝そうな顔をした。

「ほう? 先生は土の中までお見通しかい」

 彼は軽口を叩きながらも、この不思議なリーダーの言葉には、もはや素直に従うようになっていた。

 彼は指定された場所に、大きく振りかぶった鍬を、力任せに振り下ろした。

 ガツン、という固い感触を予想していた。だが―――。

 ズフッ!

 鍬の刃は、ほとんど抵抗なく、まるで、よく耕された畑に吸い込まれるように、深く、柔らかい土の中へと沈み込んでいった。

「なっ……!?」

 渡辺さんは思わず声を漏らした。慌てて鍬を引き抜くと、その刃には、これまで見てきた、石混じりのパサパサの土とは全く違う、しっとりとした黒土が、ねっとりと絡みついていた。


「おとうさん、どうしたんだい?」

「……いや、ここの土、なんだか……」

 彼は、もう一度、今度は慎重に鍬を打ち込む。やはり、柔らかい。他の参加者が、石や、頑固な根に難儀しているのを尻目に、彼の作業は驚くほどスムーズに進んでいく。そして、深さ20センチほど掘り進めた時だった。

 鍬先に、じわり、と水が滲み出したのだ。それは泥水ではない。土の中から、こんこんと湧き出してくる、清らかな水だった。


「み、水が湧いてきたぞ!」

 渡辺さんの大声に、作業をしていた全員の手が止まった。凛も、他の参加者たちも、その不思議な光景を見に、駆け寄ってくる。

 そこには、確かに、小さな泉が生まれていた。荒れ果てた大地の下に、こんなにも豊かな水脈が眠っていたのだ。

 どよめきと歓声が上がる。それは、このプロジェクトの未来を明るく照らす、まさしく吉兆だった。

 やがて、その興奮が少し落ち着くと、全員の視線が、一人の男に自然と集まった。

 渡辺さんが、畏敬の念のこもった目で、修一に尋ねた。


「先生……。なんで、ここがこうなってるって、分かったんだね?」


 全員の視線が修一に突き刺さる。彼は、その質問に、うろたえたように視線を泳がせた。

 まさか、「ご先祖様から貰った能力で、土地のポテンシャルが視えるんです」などと言えるはずもない。

「い、いや……」

 修一は、頭を掻きながら、しどろもどろに答えた。

「なんとなく、です。……ここの雑草の生え方が、他の場所と少しだけ違っていたような……。ええ、まあ、たぶん、気のせいです」


 その、あまりにも謙虚で曖昧な答え。

 しかし、彼の起こした小さな奇跡を目の当たりにした参加者たちには、その言葉は、もはや、自らの異能を隠すための、賢者の韜晦とうかいにしか聞こえなかった。

 この人は本当に土の声が聞こえるのかもしれない。

 その日から、田中修一は単なる「アドバイザーの先生」から、仲間たちの間で、畏敬と、絶対的な信頼を込めて、こう呼ばれるようになった。

 ―――『土の声を聞く男』、と。

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