第28話 最初の仲間たち
コミュニティ農園、公式作業の初日。
澄み切った空気が心地よい、土曜日の朝だった。
佐々木凛は、農園の入り口に小さな折りたたみ式のテーブルを置き、麦茶の入ったピッチャーや、救急箱を並べていた。その顔は、期待と不安で、わずかにこわばっている。市役所の広報誌や、地域の掲示板で参加者を募ったものの、果たして、何人が集まってくれるだろうか。
約束の午前九時。
最初に現れたのは、凛の説明会にも参加していた、渡辺さん夫妻だった。定年退職して、時間を持て余しているという、人の良さそうなお年寄りの夫婦だ。
「やあ、佐々木さん。本当に始めるんだねえ」
「渡辺さん! 来てくださって、ありがとうございます!」
次にやってきたのは、小さな男の子の手を引いた、若い母親だった。
「あの、広報誌を見て……。子供が土いじりが好きなので」
「ありがとうございます! 大歓迎です!」
しかし、それだけだった。
時間になっても、集まったのは、渡辺さん夫妻と、佐藤と名乗った若い母親と、その息子の健太君だけ。そして、アドバイザーである田中修一。凛の心に、焦りと、かすかな失望が広がった。
参加者たちも、改めて目の前の広大な荒れ地と、あまりに少ない人数を見比べ、その表情は一様に固い。
「こりゃあ……どこから手をつけていいやら」
渡辺さんが腕を組んで、ため息混じりに呟いた。その視線は黙って突っ立っているだけの、冴えないジャージ姿の男―――修一に向けられていた。本当に、この男に何かができるのか。その場の全員が、そう思っていた。
その、重たい空気を破ったのは、他ならぬ修一だった。
「―――皆さん」
彼は、おもむろに、自分が書き込んできたノート―――『攻略マニュアル』を開いた。
「今日の目標は、この土地を全部きれいにすること、ではありません」
彼はノートに描かれた地図の一角を指差す。
「まずは、このA-1区画。広さにして、畳八畳分ほどのエリアです。ここのゴミを完全に取り除き、大きな雑草を抜き終わる。今日のクエストは、ここまでです」
その、あまりにも具体的で、現実的な目標設定に、参加者たちは少しだけ顔を見合わせた。
修一は、続ける。
「渡辺さんご夫妻は経験も豊富そうですので、こちらの細かいゴミ……ペットボトルや空き缶の回収をお願いできますか。ゴミ袋はこちらに」
「佐藤さんは、健太君もいますので、危なくないように、枯れ葉や、小さな木の枝を集めていただけますか」
「そして、俺が、あそこの自転車やテレビを片付けます」
彼は誰の顔も見ずに、ただ、ノートに書かれた計画を淡々と読み上げた。そこには不思議な説得力があった。何をすればいいのかが明確に示されたことで、参加者たちの間にあった戸惑いの空気が、少しだけ霧散した。
作業が始まると、その効果は、てきめんだった。
それぞれが、自分の役割に集中する。渡辺さんは、文句を言いながらも、驚くほど手際よくゴミを分別していく。佐藤さん親子は、宝探しのように、楽しそうな声を上げながら、落ち葉の山を築いていった。
そして、修一は、一人で錆び付いた自転車を雑草の中から引きずり出し、泥だらけになりながら、指定のゴミ置き場まで運んでいく。
凛は、そんな彼らの間を走り回り、麦茶を配ったり、新しいゴミ袋を渡したりと、懸命にサポートをした。
最初は、ただの烏合の衆だった。
だが、二時間が経つ頃には、彼らは不思議な一体感に包まれた、一つの「パーティー」になっていた。
「おーい、そっちの袋、もう一杯か?」
「健太君、危ないから、そっちには行っちゃだめよー!」
自然と声が掛け合われる。額に汗し、共に土にまみれる中で、彼らの間に確かな仲間意識が芽生え始めていた。
正午過ぎ。
「―――はい、今日のクエストは、ここまでです。お疲れ様でした」
修一の、始まりと同じ、淡々とした声が響いた。
彼らの目の前には、畳八畳分ほどの黒い土が顔を覗かせた、きれいな更地が広がっていた。その脇には、ゴミで満杯になった袋が、うず高く積まれている。
それは、あまりにも小さな一歩かもしれない。
だが、自分たちの手で、確かに世界を変えたのだという、圧倒的な達成感が、そこにはあった。
「ふん。あんた、見かけによらず、なかなかやるじゃないか。先生」
渡辺さんが、汗を拭いながら、修一の肩を、ぽん、と叩いた。
修一は、照れくさそうに頭を掻くことしかできなかった。
だが、その心は、これまで感じたことのない種類の、温かい充実感で満たされていた。
賢者の城に籠っていた男が、初めて、信頼できる仲間たち(パーティーメンバー)を手に入れた、記念すべき一日だった。




