第27話 リアルアース・シミュレーション
「いい土地、ですか……? 田中さん、何か分かるんですか?」
絶望の淵から、かろうじて顔を上げた佐々木凛が、かすれた声で尋ねる。その瞳には半信半半疑の色が浮かんでいた。
「ええ、まあ……なんとなく」
修一は曖昧に答えながら、足元の地面を見つめていた。彼の頭の中では、先ほど流れ込んできた膨大なデータが、目まぐるしく再構築されていく。それは、彼が長年慣れ親しんだ、シミュレーションゲームの思考プロセスと酷似していた。
地形、資源、環境パラメータ。それらを分析し、最適解を導き出す。ゲーム盤が、モニターの中から、現実の大地へと変わっただけのことだ。
「佐々木さん、メジャーか何か、持ってませんか。あと、ここの正確な図面も欲しいです」
「え? あ、はい! あります!」
凛が、慌ててカバンからコンベックスメジャーと、くしゃくしゃになった公図のコピーを取り出す。修一の突然の変化に戸惑っているようだった。昨日までの、おどおどした態度はどこへやら。今の修一の目には、難解なパズルを前にした時のような、静かで、しかし、鋭い光が宿っていた。
修一は、まず、その広大な荒れ地の四隅に、目印となる石を置いた。そして、凛にメジャーの端を持たせ、土地の正確な縦横の長さを測り始める。
「縦が、10.5メートル。横が……24メートル、ですね」
「なるほど」
彼は凛から受け取った図面の裏に、フリーハンドで長方形を描くと、それを碁盤の目のように、いくつかの区画に分割していった。まるで、ゲームのマップを作成するように。
「よし……」
そこから、彼の本格的な「分析」が始まった。
彼は、まずA-1と名付けた区画に入ると、軍手をはめた手で、地面の土をひとつかみ、すくい上げた。指先で、その感触を確かめる。
(……フン。表層は風化してパサパサだが、基礎の関東ローム層は生きている。水はけは、やはり良好だ)
彼の脳内のデータが、現実の感触とリンクし、確信へと変わっていく。
彼は、その区画の土を、持参したビニール袋に少量だけ入れた。
「田中さん……? それは?」
「土のサンプルです。場所によって、土の状態も違うはずですから」
修一は、そう言いながら、次々と区画を移動し、土を採取していく。B-3区画では、他の場所より土の色が黒く、湿り気を帯びていることを見抜いた。
「このあたりは、たぶん、昔、何か燃やしたか、あるいは、腐葉土が溜まりやすい場所だったんでしょう。少し、土の性質が違う」
次に彼は空を見上げた。
「今の時刻で、太陽はあそこ。夕方には、あの建物の影が、このあたりまで伸びてくるはずです。そうなると、C-4とC-5の区画は、午後からの日照時間が極端に短くなる」
凛は彼が指し示す先を必死に目で追いながら、バインダーに夢中でメモを取っていく。
彼女の目には、魔法使いを探しに来たはずが、いつの間にか、土地家屋調査士か、凄腕の土木コンサルタントの現地調査に付き合わされているようにしか見えなかった。だが、その一言一句には不思議な説得力があった。
その日の夕方。
賢者の城へと帰還した修一は、机の上に、新しい真っ白なノートを広げた。アパート用の『攻略マニュアル』とは別のノートだ。
彼は、その最初のページに、今日調査した土地の見取り図を、定規を使って丁寧に描き写した。
そして、各区画に分析の結果を書き込んでいく。
【エリアA-1~A-4(南東エリア)】
・日照:◎(一日7時間以上)
・水はけ:◎
・土壌:やや痩せている。要・土壌改良。
・推奨作物:トマト、ナス、キュウリ、ピーマン等(夏野菜向け)
【エリアC-1~C-5(北西エリア)】
・日照:△(一日4時間程度)
・水はけ:○
・土壌:湿り気あり。
・推奨作物:コマツナ、ミョウガ、シソ、ジャガイモ等(半日陰に強い作物向け)
ページは、またたく間に緻密なデータと未来の計画で埋め尽くされていった。
絶望の大地。それが、ノートの上では、すでに完璧に攻略可能な、黄金の農園へと姿を変えていた。
修一はペンを置くと、満足げにそのページを眺めた。
ゲーマーの血が騒いでいた。
マップの分析は終わった。敵(雑草とゴミ)の配置も把握した。
あとは、パーティーメンバー(参加者)を集め、この広大なダンジョンへと実際に挑むだけだ。
彼の心に、もう恐怖はなかった。あるのは、高難易度クエストを前にした時のような、燃え盛る闘志だけだった。




