第26話 絶望の大地
田中修一が、佐々木凛と共に、コミュニティ農園の「アドバイザー」として、その土地に足を踏み入れたのは、正式に依頼を受けてから二日後の、雲一つない秋晴れの日のことだった。
昨日までの不安と緊張は不思議と消えていた。一度、やると決めてしまえば、あとはゲームのクエストに挑むのと同じだ。修一は、いつもの黒いジャージ姿に軍手をはめ、その広大な「ダンジョン」の入り口に立っていた。
「……ここが予定地です」
隣に立つ凛の声は、昨日までの弾けるような明るさが嘘のように、沈んでいた。無理もなかった。改めて、太陽の下でその場所と向き合うと、その惨状は、修一の想像をすら超えていた。
広さは学校の25メートルプールほどだろうか。だが、そこは、およそ生命が育つ場所とは思えなかった。
人の背丈ほどに伸び放題になったセイタカアワダチソウが、黄色い花粉を空に撒き散らしている。その根元には、誰が捨てたのか、錆びて車輪の片方がない自転車が、巨大な昆虫の死骸のように横たわっていた。画面の割れた古いブラウン管テレビが、虚ろな目で空を見上げ、無数のコンビニ袋やペットボトルが、まるで悪性のキノコのように、そこかしこから顔を覗かせている。
風が吹くと、乾いた雑草の匂いに混じって、何かが腐ったような、微かな悪臭が鼻をついた。かつて、子供たちの遊び声が響いていたであろうその場所は、今や、鳥のさえずりさえ聞こえない、完全な沈黙に支配されていた。
「ひどい……。ここまでとは……」
凛は手に持ったバインダーに何かを書き込もうとするが、そのペンは、どこへ向ければいいのか分からないとでもいうように、虚しく宙を彷徨っていた。
「業者に除草とゴミの撤去を頼むだけで、予算のほとんどが消えてしまいそうです……。これじゃあ、肝心の土作りや苗を買うお金が……」
彼女の肩が、がっくりと落ちる。その姿は、あまりにも強大なボスの前に、なすすべもなく立ち尽くす、レベル1の初心者プレイヤーのようだった。
だが、修一は冷静だった。
彼は凛のように表面的な惨状だけを見ているのではなかった。彼は、一歩、また一歩と、ゆっくりと荒れ地の中を歩き回り、時折、地面に膝をついて、土の感触を確かめる。そして、空を見上げ、太陽の軌道を目で追う。
彼は、この土地の本当の姿を「視て」いたのだ。彼の能力が、脳内に膨大なデータを送り込んでくる。
【対象:コミュニティ農園予定地】
【表層状態:荒廃。土壌汚染(軽度)、生命活動の著しい低下】
凛が見ているのは、ここまでだ。だが、修一には、そのさらに奥深くが見えている。
【根源的ポテンシャル:極上】
【詳細データ:基礎土壌は、作物の育成に適した水はけの良い関東ローム層。一日平均日照時間6.5時間以上を確保可能。地下50cmに、安定した地下水脈の痕跡あり。】
【最適化プラン:表層のゴミ・石の除去。大量の腐葉土・牛糞堆肥の投入による土壌改良。南東の日当たりの良いエリアは、トマトやキュウリなどの果菜類に最適。北西のやや日陰になるエリアは、ホウレンソウやコマツナなどの葉物野菜に向く……】
修一は静かに立ち上がった。
その目には、もう、ただの不法投棄場所にしか見えないこの土地が、輝かしい黄金の畑として、はっきりと見えていた。
宝の地図を手に入れた冒険者のように、彼の心は静かな興奮に満たされていた。雑草も、ゴミも、固くなった土も、すべてはラスボスにたどり着くまでの、乗り越えるべき障害物に過ぎない。
「……大丈夫ですよ、佐々木さん」
絶望に打ちひしがれ、ベンチに座り込んでしまった凛の背中に、修一は静かに声をかけた。
凛が、力なく顔を上げる。
「見た目はひどいですけど」
修一は、足元の、ひび割れた大地を見つめた。
「ここ、見た目よりずっと、いい土地です。俺には分かります」
その何の根拠もない、しかし、不思議な説得力に満ちた言葉に、凛は、ただ瞬きをすることしかできなかった。
賢者の最初の神託だった。




