大公、大立ち回りをする
「大公殿下、刀の刃を潰しておきましたぞ」
「ご苦労。これで殺さずに戦うことができるというものだ」
木剣だと刀を携えた奴らと戦うのにはさすがに不利だ。罪人であれ大公である我が公国の民を殺してしまうというのも信条に反する。
コーネルから奪った刀の刃を潰した、この不殺の刀は我にぴったりではないか。
手に馴染むこの刀の美しさに、しばし見惚れる。
「大公殿下、ニヤけてますぞ。門下生たちがやられた怒りが収まったのですかな?」
「んなことはない。わなわなと怒りが溢れてくるわ」
「爺もお供いたしましょうか?」
「老骨は茶でも飲んでてくれ」
「老骨とはお言葉ですな。爺だってそこらの剣士には引けをとらんのに」
実はこの爺、剣の達人である。
それもそのはず、我が使う大公家の秘剣術の師匠は若き日の爺なのだ。
大公家の男系しか使えないはずの秘剣術をなぜ、爺が使えるかは……不明だ。
「では爺は、料理でもしながら大公殿下のおかえりを待つとしますかな」
爺に見送られ馬に跨がり、貧民街の先にある廃村へと向かった。
貧民街、相変わらず瓦礫に廃屋ばかりで腐臭が漂っている。
治安も悪く、犯罪の温床にもなっていると聞く。
貧民街を横目に馬を走らせること一刻、大公領の端の廃村に着いた。
先の戦争で前線が近いこの村は補給所として使われ、村民は公都へと移住した。
長く続いた戦争のため、戦後この村へ戻って来る者はおらず廃村となったのだ。
たしか、貴族の誰かが管理しているはずなのだが。
隣国との境にはこういった廃村がいくつもあり、貴族に領地として割り振られる。
領地といっても、領民も居なければ管理には金が掛かるので、貴族としてもいい迷惑なのであろう。
コーネルのヤツめ、実質の管理者が居ないのをいいことに、廃村を根城にするとは全く持って度し難い。
資材置き場、あそこか。
木材で作られた倉庫。戦時中は兵舎として使われていたのだろう。
大人数が潜伏するには十分な大きさだ。
「見張りもいないか。素人の集まりだな」
中の様子を伺うと、酒盛りをしている剣士たちがざっと四、五十人。
うむ、一人で戦うには少し数が多いかも知れないな。
最近、体力が衰えてるのに大丈夫だろうか。
些かの不安が過る。若い頃の我ならば、この程度は準備運動にちょうどいいなとか考えたんだろうが。
なんなら最近、ちょっと四十肩的な痛みもあるしな。
言い訳を無理やり探している自分が嫌になる。
パァン――
両手で頬を叩き自分に活を入れと、倉庫の扉を蹴破った。
「誰だ貴様!」
扉付近に居た剣士が、立て掛けた刀を手に取る。
「ふん」
我は抜刀から一閃。剣士は鞘から剣を抜ききる前に悶えて倒れた。
刃を潰した刀の威力は十分、殺さずに制圧する事に関してこれ以上の得物はないな。
その様子を見た剣士共は一瞬静まり返る。
「ラウル、貴様ぁぁ!」
コーネルが咆える。ここからが本番だ。
秘剣術はなるべく使わずに体力を温存しておかなければ。
先日も、【縮地】五回でスタミナ切れを起こしてしまった。全盛期ならばもっと連発できたのにだ。
「歳は取りたくないものよ。お前たち、あんまり頑張らないでくれよ」
「いまさら何言ってやがる、一般人のおっさんがよ」
「おっさんはひどいな……一応まだ四十歳なんだが」
「おっさんじゃねえかよ! お前ら、このおっさんを殺っちまえ」
まるで津波のようだ。
四十人以上が一斉に向かってくるのは圧巻だな。なんて、考えている場合じゃないぞ。
しかも、相手の半分は刀を持っている。こんなに量産されていたのか。
相手の剣の腕が未熟でも、あの刀だ。
気を抜いたら、腕の一本は容易に失ってしまうだろう。
受ける、反撃をする。
受け流す、反撃をする。
捌く、反撃をする。
隙があれば攻撃をする。
なんとか体力を温存しながら凌いでいるが、さすがにこの人数相手に真正面から戦うのは初めてだ。
体力もそうだが、これを続ける集中力を保つのも難しそうだな。
十五分ほど剣を振りっぱなしで、やっと三十人を戦闘不能にした。
が、まだ二十人以上いるじゃないか。
そろそろ秘剣術でコーネルだけでもやっつけておいたほうがいいだろうか。
次の瞬間、太鼓の音と共に倉庫になだれ込む百名ほどの軍勢。
「公国騎士団だ! 全員動かずに、剣を置け!」
青と白の制服、騎士庁の騎士たちだ。
「ふう、やっとご到着か」
これで一息つける。正直そろそろ息が上がりそうだったので、嬉しい助け舟だ。
ミリアに感謝だな。
次々に、刀剣を捨てる剣士たち。
これで一件落着だ。コーネルの野郎め、取り調べで思いっきり絞ってやるぞ。
「ラウル・ソディア! 自警団の襲撃及び人斬りの容疑で捕らえる」
「な、なんだと?」
騎士団が言い放った言葉に耳を疑う。
どういうことだ? 援軍じゃないのか?
「罪人、ラウル・ソディア! 早く剣を捨てろ」
くそ、どう行き違ったらこうなるんだ。
公国軍をかき分けて先頭に出る貴族が、不敵な笑みを浮かべる。
「カンテミール子爵、なぜこのような場所に……」
コーネルが貴族に駆け寄り、頭を垂れた。
「なに、私の計画を邪魔する不届き者の顔を拝もうと思ってな」
軽蔑したような眼差しを我に向ける貴族は、知った顔だ。
どうやら庶民の格好をした我が大公であることには気づいていないようだが。
「騎士爵の息子ごときが、よくもこのカンテミールが維持する治安を乱してくれたな」
カンテミール子爵――騎士庁の治安部隊を統括している貴族だ。
こいつが裏で絵を書いていやがったのか。
しかし、この人数相手に立ち回る事もできなければ、正体を明かすわけにもいかない。
ここは、おとなしくお縄につくしかないのか。
我、大公なのに……
「貴様ら、全員顔を覚えたからな! 覚えてろよ」
我の口から自然とこぼれたセリフ、傍から見たらまさに悪人の吐きそうな言葉だった。
公太子として生まれ、国を治める大公になるべく帝王学も学んだ。
そんな我が、まさか投獄されることになろうとは。
人生始めての牢獄、冷たく不潔な地面に寝そべりながら過ごす夜。
頭を置く自分の腕枕は、涙で濡れたのだった。
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