大公、怒り心頭する
我はその足で騎士庁の訓練場へと向かった。コーネル以外の剣士たちを探すためだ。
訓練場への入場記録を見るが、コーネルはどうやら来ていないようだ。
いや、それはそうだろう。昨日今日で訓練場に来るほど馬鹿ではない。
ざっと訓練場を見回すが、案の定、他の三人も見当たらない。
事件番号のもみ消しができるのは、上級官か力のある貴族。
一度、大公の姿に戻れば、視察の体で調査は可能だろうが、さてどうしたものか。
関係する上級官の招集にも時間がかるし、一人一人取り調べている時間もなさそうだ。
我は結局、ソディア家に戻ることにした。
今は、少しでも早くコーネルたちを見つけなければならない。
「父上、今戻りました」
「大公殿下、お戻りですか。先程ヨタロは帰宅しましたぞ」
「そうか、では言葉遣いを戻すか。爺、珍妙なことになってしまった」
爺に事の経緯を説明し、大公直属の近衛兵を動かすように指示を出した。
大公直属の近衛兵である〝赤き剣〟。
精鋭十人から成るこの組織は、皆が大公家の男系の血統の男女で構成される。
武力、知力、諜報に長けた者たちで、男子に関しては現大公家の者にもしものことがあった際の大公継承権も持っている。
我、ラウルもとい、大公マディンからすると全幅の信頼を置ける者たちだ。
もちろん、大公家の秘剣術も全員が習得している、言わば公国最強の部隊である。
さてと、赤き剣たちの報告を待つ間、情報収集がてら遅い昼食を食べに小太り食堂に出かけるか。
店に入ると、頬に湿布を貼った主人がいつも通り料理に勤しんでいる。
「ご主人、顔の怪我の調子はどうだい?」
「いらっしゃいラウルさん、ええ、お陰様で。本当にありがとうございました」
「なに、たまたま通り掛かってよかったよ」
主人とテスに今回の犯人がコーネルという剣士であるとこを告げると、目を丸くして驚きの声を上げる。
「そのコーネルという人たち、昨日閉店までうちの店で飲んで人たちだ」
客の話し声というのは自然と聞こえるものだ。
会話の中で名前を呼んだのだろう。殺そうとするターゲットがいる場所でなんとお粗末な。
きっと奴らは小太り食堂の父娘に目をつけていた。
閉店まで店に居て帰宅を待ち伏せ、斬る、か。
そして四人全員があの刀という武器を所持。
「試し切り……だな」
過去、先代大公の時代にあった剣士特権。
身分札を持たない、逃げた奴隷や難民は斬っても構わないという法。
当時、鉄の鍛造技術向上のために、罪人で試し切りをしていたが数が足らず、不法難民や脱走奴隷の掃討と称し行われていた。
治安も良くなるし一石二鳥だなんて言っている貴族も居たな。
我の代になって即刻廃止したが、まさか再び試し切り目当ての人斬りが横行するとは。
「それにしても、ここのトンカツは本当に美味いな」
「ええ、最近の交配技術の賜物ですよ。三元豚と言いましてね」
爺が言ってた、成長が早く病気にも強いというあれか。
「いっつも味見とか言って、いっぱいつまみ食いしてるもんね、お父さん」
「お陰で、こんな太っちゃって。共食いってか? こらテス、誰が豚だ!」
「「「あはははは」」」
自慢のトンカツに舌鼓を打ち、満足して店を出た。
指南所に戻ると、そこは思いも寄らない事態になっていた。
◇ ◆ ◇
時は少し戻り、ラウルが騎士庁へ到着した頃。
留守を任されているアロン主導の下、門下生たちは素振りの訓練を終え、試合形式の地稽古を始めたところだった。
先日の出稽古で気合が入ったのだろう。
この日の門下生たちの気迫は、普段より増していた。
突然、指南所に現れたのはコーネル率いる大勢の殺気立つ剣士たち。
明らかに不穏な空気が流れる。
「コーネル! 貴様、捕まったんじゃなかったのか」
「ああ、不当逮捕で無罪放免さ。その御礼にまいった次第よ、ラウルはどこだ」
血走る眼で睨みつけるコーネルは、堂々と対峙するアロンの襟元を掴む。
「外出なされてるが、どうした? 出稽古というよりは……道場破りに見えるが?」
「イキりがやって、貧乏人共が! 雑魚はすっこんでやがれ」
「ソディア流剣術をなめてもらっては困るな。お前らなど俺たちで十分だ」
「あ? 上等だ、お前らやっちまえ!」
一斉に襲いかかるコーネル勢に応戦する形で、指南所は乱戦状態へとなる。
互いに乱戦に対する技を持ち合わせている流派同士。最初こそ互角にやり合っていたがアロンたちだが、数の力に一人、また一人と戦力を欠いてゆく。
まるで戦争の前線のような怒号が鳴り響く指南所に、近隣に住む野次馬が人だかりを作った。
◇ ◆ ◇
我が指南所の門をくぐり、目にしたものは傷だらけで倒れる門下生たちの姿だった。
見たところ木剣による傷だが、倒れてなお幾度も殴打されたようで、重体の者も多くいる。
「アロン、大丈夫か!」
ひどくやられたであろうアロンの顔は頬の骨も割れているだろう。
「ラ、ラウル様、すみません……コーネルたちが襲って……来て」
「なんだと! コーネルが? ヤツはどこへ行った?」
「わ、わかりません」
「そうか、わかった。もう安め。今、医者を呼んできてやる」
この数の重症者は町医者では対応できないだろう。
騎士庁の医療組織を動かすかなさそうだ。
議会の決議無しに、この組織を動かせるのは一部の者のみ。
我は、医療組織の出動を許可する旨の書面を作り、腰に下げた身分札を手に取った。
身分札を二つに開くと蝶番を支点として、印が内側から現れる。
赤き剣の印である。二十年前、我は公太子になる前に赤き剣だった。
いつか使うこともあろうかと、返却しなくてよかった。
一、街の指南所の件で、大公印を押すわけにもいかないからな。
お陰でなんとか、皆一命をとりとめてくれたが、我の怒りは沸点を超えていた。
一人、ソディアの屋敷で酒を飲み怒りに震えていると、覆面をした人物が音もなく背後に立つ。
「叔父様、ご報告に上がりました」
「その声はミリアか。申せ」
覆面の女は、赤き剣の一人で、姪のミリア。
一七歳と若く、女ながら、赤き剣の中でも秀でた者だ。
「コーネルの居場所を特定しました。貧民街の先にある廃村の資材置き場です」
「ほう、あそこか。ミリア、一般人のふりをして騎士庁に通報して参れ」
「御意」
深く頭を垂れると、ミリアは闇に溶けるように姿を消した。
許さぬ、下郎共。捻り潰してやるわ。
「爺! 刀を持って参れ!」
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