大公、人斬りを捕まえる
「コーネル君、正体はバレているんだから覆面を取ったらどうだい?」
「……」
取らないか。まあ他の三人の顔も確認しておきたいし、一つ使うか。
【縮地――突】
脚に集中した力を開放すると、ダンッという音と同時にめっこりと地面が抉れる。
次の瞬間、木剣の剣先がコーネルの覆面の布だけを掠め取る。
連続して同じ技を繰り出し、残りの三人の覆面も同様に剥いでいく。
縮地――大公家に代々伝わる秘剣術の一つ。
体内に流れる気の力を脚に集約させて爆発的な速度で距離を詰める移動法は、相手から見ると瞬間移動したように見えるのだ。
まさに初見殺し。コーネルたち人斬りは自分の覆面が剥がされたことに気付いていない。
「ふん、やはり全員昼間に見た顔だな」
「なっ」
コーネルたちは隠していた顔が露呈していることに気づくと腕で顔を隠す。
「顔がバレたくらい構わん、お前はどうせここで死ぬだからな。死人に口無しよ」
四人が連携を取りながら攻撃を繰り出だすが、体捌きのみで躱す。
彼らの持つ剣の斬れ味に対して、木剣での防御は意味をなさない。
剣撃を躱してのカウンターが次々と決まる。
「殺しはしないから安心しろ。でも、骨の二、三本は覚悟してくれな」
彼らだって腐っても剣士、実力の差が雲泥ほどあることは理解しているだろう。
殺気が消え、怯えているのが手に取るようにわかる。
一人が逃げたのを皮切りに追随して逃走を図る人斬りたち。
「あらら、逃さんよ。お前たち」
【縮地――斬】
逃げるコーネルの背に斬撃を浴びせる。苦悶の声と共に倒れるコーネルは白目を向いて体を痙攣させた。
【縮地――|ざ……】
技が発動しない。先程の連発のせいで、気が練れなかったか。
三人は逃してしまったが、調べれば身元もわかるだろう。
まあ、コーネルは捕まえたし。今日はこれで良しとしておこう。
捕縛したコーネルを騎士庁へ引き渡し、ソディアの屋敷へと戻ると爺とヨタロが晩酌をしていた。
予備騎士軍に属しているラウルの身分は逮捕特権がある。夜中であるため、逮捕に至った経緯と書類は後日提出することとなった。
「ヨタロ、お前さん、酒なんて飲んでると傷口が開くぞ」
「へへ、そしたらまたお父さんにちゃちゃっと縫ってもらいますよ」
呆れたものだ。が、彼のこの性格がチンピラでありながら皆に好かれる要因だろう。
「あれ? ラウルのアニキ、その剣って人斬りが持ってたやつじゃ」
「ああ、さっき人斬りの一人を捕まえてね、剣に興味があったから持って帰ってきた」
「いいんですかい? それって騎士庁に渡さないといけない証拠品なんじゃ」
「まあいいじゃないか。自分の目で確かめてみたくてな」
指南所に置いてある、この国のごく一般的な剣の3割程度の刃の幅で半分程度の細い剣身。
ふむ、刃渡り、重さはそこそこあるな。
「ヨタロ、ちょっと普通の剣を持って構えてくれ」
「い、いや、俺まだ傷が……」
「なに、傷口が開いたら、また縫ってもらえばよいではないか」
「そんなぁ」
ヨタロが構える剣を目掛け平突きを一閃。
キィィィン――
甲高い金属音が部屋に響いた。
ただならぬ剣だと思っていたが、驚くべき結果だった。
ヨタロの持つ剣にヒビが入り、折れ曲がっている。方や我の持つ剣には小傷一つ付いていないのだ。
「これは……一体」
「ほほう聞いたことがある、多分それは東国の刀と呼ばれる武器じゃな」
爺が顔を近づけ、まじまじと刀を観察する。
公国では溶かした鋼を型に入れ研いで刃をつけるが、刀は鋼を熱し幾度も叩いて鍛える製法らしい。
「それで、ここまでの威力が……」
こんなものが公国に持ち込まれているとは。その数によっては公国軍をも脅かしかねない。
斬れ味を試すための人斬りが、組織ぐるみで行われているとしたら……
実に由々しき事態だ。
「父上、この刀とやらの刃を潰しておいてくれませんか」
「ほう、これを使おうと?」
「ええ、木剣では流石に心もとないので」
「ここまでの代物の刃を潰すのは骨が折れそうじゃ、少し時間をもらうぞ」
「ええ。頼みました」
明日、捕らえたコーネルを尋問する必要がありそうだ。
刀がこの国の不届きな組織に行き届く前に防がねばならない。
「さて、お開きにしよう。ヨタロ、お前さんも帰りなさい」
「いや、ラウルのアニキ。それは無理かもしれません」
「ん? どうした」
「き、傷口が開いちゃって……」
「だぁぁ、ヨタロ! すまん!」
腕からドボドボと血を流すヨタロ。この後、我と爺が慌てて手当をすることになった。
騎士庁は公国軍の組織や騎士、剣士の教育、治安維持のための組織である。
罪を犯した者を捕らえ、投獄、取り調べをした後に司法庁へと立件する。
司法庁主導の下、裁判が行われ罪状が確定し、裁きが下される仕組みだ。
騎士庁の取調官は、捕らえられた者の取り調べをする際に、実際に捕らえた者と同席する決まりとなっている。
今回コーネルを捕らえたのは、騎士庁に登録されているラウル・ソディア。
よって我は騎士庁へと登庁し、取り調べに参加する権利と義務がある。
コーネルには吐かせたい事が山ほどある。
今回の人斬り事件が組織的な犯行であることは、火を見るより明らかだ。
一剣士が、公国の転覆すら可能にしかねない、刀などという代物を何本も手に入れられるはずがないからだ。
「騎士爵ジグ・ソディアが嫡男、ラウル・ソディアだ。事件番号二六〇番の取り調べのため参った」
「おはようございます、ラウル様。えっと、二六〇番……二六〇番。あれ?」
「二六〇番、コーネルの取り調べだ」
「いや、事件番号の末番は二五九番ですね」
「そんな訳はなかろう! 昨日の夜中に引き渡したコーネルの事件だ」
「い、いや……うーん。確認してまいります。少しお待ちを」
しばらく経って、職員が戻って来る。
「どうだった? 事件番号二六〇番のコーネルは居たか?」
「いえ、留置していた牢にもコーネルという者は居なかったです」
「なんだと!?」
これは一体どういう事なのだ。
昨日、確かに引き渡した罪人が忽然と姿を消すなんて。
しかも、書類まで無いなんて……
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