第29話 帰路に着く
世界的に有名なビーグル犬のチョコレートショップや、これまた世界的に有名なうさぎの女の子のベーガリー兼グッズショップも足を運んだ。
オタクになる前も好きなキャラだったから、いたるところに絵が書いてあるとテンションが上がった。可愛いものばかりの空間でビジュ負けしていない柊は、強者と言うべきほかあるまい。無論、柊自体がマスコットなのかもしれないが。
壁画の前に立った柊を撮ろうとしたが、隠し撮りみたいでやめた。
ただ、写真を撮らなくても、俺の脳裏にははっきりと記憶されていた。雑誌の表紙に選ばれてもおかしくないポージング。絵になる美しさは羨ましいぜ。
果物屋さんのフルーツジュースを飲みながら倉敷駅に戻る。
日帰りではなかったら、大原美術館でじっくり絵画を鑑賞できたのだろう。神殿を彷彿とさせる荘厳な建物へ入るのは、またの機会だ。
岡山駅に着いたころには、足が重たくなっていた。歩きやすいスニーカーで来ていても、かさんだ歩数に耐えられなかった。イベントまたはバイト以外の外出したくない民にとって、かなりの運動量だ。家に帰ってゲームをするかアニメを見たい。そう呟くと、柊も激しく同意していた。
新幹線の発車時刻まで一時間ほど空いていたが、土産売り場を見物するより椅子に座る方が長かった。数ある岡山土産の中から、きびだんごを二つ挟んだレーズンバターサンドに即決し、休息を優先した。発車時刻が近づいたとき、床と一体化した足を剥がすのが大変だった。
「柊も足が痛いのか? 立てないなら腕貸そうか?」
立ち上がらない柊の画面を見下ろすと『教えてくれてありがとうΣd(≧▽≦*)』のトークが見えた。
『ちょっと汐亜からメッセージが来てて、返信してた。気遣いありがと( *>ω<)ヾ(´∀`ヾ*)ワシャワシャ』
「見るつもりなかったんだけど、トラブルか?」
『そうだね。課題のことで聞きたいことがあったんだ。帰ったら解決できると思う(*^◯^*)』
帰りも一つのイヤホンを使い、残りのアニメを見た。柊から続きを見たいと言われたときは、布教が成功した喜びを噛みしめた。沼に落とせた愉悦で、悪役みたいな笑い声が出なくてよかった。
疲れすぎて柊の肩に寄りかかることも、手を握りながら眠ることもない。それくらいは、わきまえているつもりだ。柊がどんな反応をしてくれるのか、一切興味がないとまでは言わないけれども。
まだ東京駅に着いてほしくないと思うのは、俺だけじゃなかったらいいな。
改札口を重苦しい心持ちで通ると、雑踏に負けない声が響いた。
「いたいた! しゅーく……うっ?」
ひょっとして、柊のことを呼んだのか? 両親は仕事中で迎えに来られないと聞いていたが。
そ知らぬ顔をする柊に、血の気が引いていく。
まさか文化祭のときに絡んできた、倫理観がとち狂った女じゃねーだろうな。性懲りもなく、のこのこやって来やがって。
あの女の声と同じだった気がして、辺りを見回した。
気合い十分な巻き髪と甘い服が、視界に入りませんように。祈りながら目を凝らした。




