第28話 俺の目に狂いはなかったな
柊を追いかけて店に入る。柊と話していた店員はバックヤードへ下がっていく。サイズがあるか、在庫を確認しに行ったのだろう。
柊の背後からぼそりと囁く。
「ナナカじゃなくて、自分に課金することなんてあるんだな」
特に服は興味がなさそうだと思っていた。イベントに参戦するための最低限の条件――スウェットやジャージではない服をいくつか所持できれば、物欲が湧かないタイプ。ガチャガチャ巡りで柊と街に出かけたときも、ショーウインドーの服に目がいくことはなかった。
「わっ! びっくりさせないでよ、雪。俺の背中に『野生の廃課金勢が現れた!』みたいな文字でも表示されてた? 戦いを挑もうとするような目で怖いんだけど」
「珍しいモンスターが出てきたら、捕獲したくなるのがゲーマーの性ってもんよ」
「誰がモンスターだ」
そこで低い声を出さないでいただきたい。気を抜いていると、すぐに魂が口から出て行ってしまうんだからな。俺はただ、反射的にゲームトークをしただけなのに。ときめき成分が入っていない言葉で、乙女脳にさせないでもらえないだろうか。柊の話にいちいち尊死していたら、墓を建てる敷地がなくなっちまう。
「せめて投資と呼んでよね。その年で言い慣れちゃって。雪が社会人になったら心配だよ」
微課金の範囲で楽しみますぅー。
第二のおかんは紅葉で間に合っているんだ。第三のおかんはいらない。
「確かに、普段買わないアイテムを選んだかもしれない。びびびっと来たんだよね」
「へぇー。とうとうおしゃれに目覚めたか」
「雪も目覚めてみる?」
棚に置かれていたキャスケットを被せられる。鏡を見ると、ざっくりとしたデニムの風合いが金髪に馴染んでいた。
「……ったく。店の商品で遊ぶんじゃないよ」
つばを掴んで元の場所へ戻す。柊が買おうとしているチャイナ服よりは遥かに安いものの、等身アクリルスタンド全五種と同じくらいの値段だ。衝動買いをした結果、月末に金欠だと泣きわめくはめになる。無用の長物はシカトだ、シカト。
だけど、あのキャスケットは見覚えしかない。メイラが二巻の表紙で被っていた色とよく似ているんだよな。華奢な子にごついアイテムを持たせるなんて、担当絵師様はずるい。一巻の制服着用時のイメージを大きく変えた書影に、脳内の自分は鼻血が止まらず涙目だった。
「遊んでいるつもりに見えた? 雪に似合うと思ったんだよ。俺の目に狂いはなかったな。一瞬だけでも見られてよかった」
「ぬううぅ」
そんなん言われたら、俺も動かざるを得ない。
「お客様、お待たせいたしました。こちらのサイズでお間違えないでしょうか?」
「はい。レジお願いします」
財布を出す柊の後ろに、俺は並んだ。手にはキャスケットを持って。
「買うんだ?」
「勘違いするなよ。メイラが被っていたのと似てたから、ついついほしくなったんだ」
オタクの思考はちょろい。それで通す。
リップサービスに負けたなんて、冗談じゃない。
似合うと言われて嬉しいとか、微塵も思っていないっつーの!
俺の頬は引きつった。
大人顔負けの「だ」の上がり方だったな。色気やべー。年齢を偽っているんじゃないか?
電車の中は口数が多くなかったのに、また饒舌な柊になっているのはなぜだ。
柊から視線を逸らした先に、撮影お断りの注意書きがあった。動画も禁止されているらしい。博物館や書店なら納得の対応だ。張り紙を出さないといけないほど、過去にトラブルがあったのかもしれない。
さすがにスマホを出しただけで注意されることはないだろうが、柊なりに配慮したようだ。うちの子はえらいな。ついでに俺の残りライフも考えてほしい。
買ったばかりの帽子を目深に被る。本当は、にやつく口元も隠しきれたらよかったんだけど。
「雪。それじゃ前が見えないよ」
俺から帽子を奪った柊は、丁寧に前髪を分けてから再び被らせる。
通りすがりの女の子が、俺の顔を凝視していた。
「パパもむかーしのママにあんなことしてた?」
「しっ。それじゃ離婚してるって誤解されるじゃないか。今も昔も仲よしだよ」
「えぇー。全然想像できなーい」
「うふふ。パパにも、あの彼氏さんみたいなときがあったの。ママは今のパパもかっこよくて好きよ」
まだ彼氏じゃない。俺と柊はまだ、そういうのじゃないんだって。普通の男友達の距離感だって信じてくれよ。
訂正するつもりだった。だが、あまりにも女の子がつぶらな瞳をしていたから、理想を打ち砕く勇気は湧かなかった。
「あ。ありがとよ、柊……」
『どういたしまして。こちらこそ、同じ店でデニムの商品を買えたっていう思い出をくれてありがと(n*´ω`*n)』
残りわずかだった俺のライフは、ここで力尽きた。
さらっと心をえぐるセリフを投げつけないでほしかったぜ。がくっ。
『ゆきー? 脱水症状でも起こしたの? 大丈夫?』
顔文字を使っていないのに、俺を撫でたり飲み物を渡そうとしたりする表情が見える。自分の妄想で悶えてどうするよ。
「別に。意外とロマンチストなんだなって考えてたとこ」
『もしかして引いたかな(´×ω×`)』
「自信持てよ。俺は好きだぞ。ちゃんと言葉にしてくれる柊のこと」
ぺらぺら動く舌に我ながら驚いた。男友達だと認識していながら、思わせぶりな態度を取るんじゃない! 俺は魔性の女だったのか。
柊が何も言わないうちに弁明する。
「今のは告白じゃないぞ。告白だったら、もっとちゃんとした言葉で言う! だから、その……首を洗って待っておくんだな!」
くそう。なぜ急に武士口調が出てきたよ。誰かスコップを貸してくれ。急いで穴を掘ってダイブする。
柊は静かに頷いた。何十年も待つとでも言わんばかりに。
修行僧かな。顔つきが違う。




