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第27話 驚かないで聞いてくれる?

『これから何して過ごす? まだ観光スポットに行けなくもないよ(≧∇≦)』

「メインは展覧会だからな。俺的にはもう満足だよ。待ち時間が長いのは誤算だったけど」


 新幹線の時間まで三時間ほど猶予がある。お土産を買うにしても、待合室で待ちくたびれてしまう。


『そうなの? 美観地区を回る時間くらいは取れると思ったんだけど。学校で夏休みの思い出を聞かれたときに、話のネタにできるよ。ここから倉敷駅までは電車で二十分弱で着くし(*^▽^*)』

「白壁の街並みを散策したら、旅行してきました感は出るのか……」


 GWの過ごし方は、学級だよりの記事にさせられた。適当な話題を持っておいて困ることはない。快く柊の提案に乗った。


 白や淡い桃色の無数のドアが壁を覆うおしゃれな通路を進み、在来線の改札口を目指すことになった。


 念のためICカードを持ってきておいてよかったな。お金があるときにチャージしていた自分を褒めたい。


 すでに着いていた山吹色の車両に乗り込むと、後から来たブロンドが電光掲示板と車両を見比べていた。古いタイプの車両は、行き先が表示されていないから分かりにくいのか。


「Is this for Kurasiki?」


 発音よすぎだろ。倉敷が完全に英語に呑まれていたぞ。リスニングテストみたいに二回言ってもらわないと、早いスピードについていけない。岡山にいなかったら全く理解できなかったはずだ。


 行き先の確認だと思い、反射的に頷く。イエスとも、合っていますとも、答えられなかった。ただ指で丸を作っただけ。

 英語が喋れそうな見た目なのに全然話せなくて、幻滅されたかな。


「英語の勉強しなきゃな」


 お助けキャラとしてサポートしてくれることもなきにしもあらず。

 海外旅行でも使える程度の英語力はほしい。遅くても新婚旅行までには。


「……って、誰と行くんだよっ! そんなもん!」


 俺のすぐそばにいる奴とか?

 いやいやいやいや! いくらお試し彼氏の話が出たからって、論理が飛躍しすぎじゃないか?


 まだ柊とは、そういう話をするのは気が早いと思う。高校一年生の夏は、興味のある業種や学部を絞り込めていたらいい部類だ。中には紅葉みたいに、八月のオープンキャンパスの予約を申し込んでいるだろうけど。


 俺と柊の推し活が続けられるように共働きがいいか、俺が稼いで柊は主夫として支えてもらうべきかとか、さすがに時期尚早ではなかろうか!


『痛い。どうして叩いたの? 俺の肩!(`・н・´)プクゥ』


 そこに肩があったから。とは言えない。


「気を抜いていると乗り過ごしそうだから、眠気覚ましにちょうどいいだろ?」

『確かに(*´∇`*)』


 心が読める能力を持っていなくて命拾いした。浮かれているとしか思えない自分の声が筒抜けだったら、一生の恥辱だ。


『雪。驚かないで聞いてくれる? えびせんアニメ化決定だって.゜。☆(@>ω<@)/☆。゜.』

「マ?」


 本来は「マジかあぁっっ!」と大音量で叫んでいたところを、柊が人差し指を立てたおかげで踏みとどまれた。


「ん」


 自慢げに見せてきた画面は、フォロー済の表示になっていた。俺もすぐフォローしておこう。ツブヤイターの、アニメえびせん公式アカウント。作者や挿絵担当のお祝いコメントも投稿されている。


「紅葉に教えてあげようっと!」


 LIMEを開いた画面は、柊の手で隠された。


『待って。まだ汐亜とデートしてるはずだから、後にしてあげて。汐亜と紅葉さんだと温度差が違うだろうし(*´>Д<)』

「えびせんのよさが分からないなら、俺が布教してやるよ!」

『違うよ。むしろ知り尽くしてる。汐亜はマリヤ推しなんだ。一期が原作四巻まで進むとしたら、五巻から登場したマリヤは出ないよね?』

「厳しいな。ラストで搭乗口のシーンがあったら、嬉しいサプライズになるだろうけど」


 汐亜はメイラの姉がいいのか。自分の可愛さを自覚して、拓飛を翻弄するところに、同族として惹かれたんだろうな。


 えびせんのアニメ化でどのシーンを残してほしいか語っていると、すぐ倉敷駅に着いた。


 俺の機嫌はすこぶるよく、駅前の商店街でアニソンが流れたときにスキップしてしまっていた。二番の途中で美観地区に着いてしまったが、柊が口ずさんでくれたおかげで物足りなさを感じることはなかった。


 昔ながらのラムネを飲み干したくなるような雰囲気のある倉敷は、ジーンズの聖地ゆえに専門店も多く立ち並んでいた。


「見ろよ、柊。店の前にもたくさんデニム製品が出てる」


 軽い気持ちで値札を見ると、飛び上がりそうになった。国産デニムはこんなにお高いのか。


「バイトしてても、高校生は手が出ないよな」


 柊からの反応はない。デニムで作られた男性用のチャイナ服に、目が釘づけになっていた。紺の立襟と、ボタン代わりの紐飾りが目を引く。

 サングラスやピアスを合わせた治安の悪いコーデも、柊なら着こなせそうだ。同じコーデで俺が電車に座ったら、隣に誰も座りたがらない未来しか見えない。


「これにする。店員さんと話してくるね」


 上着だけでも、万札を出さないといけない額だ。所持金が底をついても知らないぞ。俺は貸さない。縁が切れたくないもん。


 後で止めてほしかったと言われないよう、再考を促す。


「ほかの店も見なくていいのか? もっと慎重に考えたらどーだ?」

「今いるのがどこか分かってる? 観光地だよ。散策してここに戻ってこられるか分からないし、戻れたとしても売り切れている可能性がある。なかったときに後悔するくらいなら、出会ったときに買っておいた方がいいよ」

「もし別の店に似たデザインがあって、そっちの方が安くて品質もよかったらどうするんだよ」

「もしそうなったら、そのときに考える」


 柊の決断は揺らがなかった。

 倉敷に寄ろうと言い出したのは、買い物運に恵まれていたことが影響していたのかもしれない。柊がチャイナ服好きだとは思わぬ収穫だった。よきよき。

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