第26話 今の俺達って
今の俺達って、どういう関係なんだ?
岡山駅地下にある飲食店で、えびしんじょうの天ぷらを咀嚼しながら考えにふける。
違う学校であるにもかかわらず、一緒にイベントや遠征に行くオタク友達。でも、それだけじゃない。付き合っていないのに、手を繋ぐしキスもされた。普通の男友達だったら、張り倒してから絶交していたはずだ。小森が絡んでいたから情状酌量の余地があったまで。
真意を図るためのオタク友達継続宣言で、柊は気分を悪くしたようには見えなかった。だから俺も柊のことは恋愛対象として見ないつもりだったし、必要以上に密着する気はなかった。
現状は散々だ。すでに今日はイヤホン半分こ、柊と腕を組む、別行動しながらも楽しく回る、などと胸きゅんミッションを着実にこなしていた。不本意ではあるものの、柊のペースに呑まれて断りきれなかった。柊なら嫌ではないから。
写真を撮ってあげたお姉様方は、俺達がまだ付き合っていないとは思ってもみなかっただろうなぁ。外野が認めているんだったら、このまま恋人になってしまってもいいのかな。変な男はふるいにかけられていたはずだ。
俺が二つ目の小鉢に箸を伸ばすと、柊は豚汁に息を吹きかけていた。選べる小鉢三つを、とっくに制覇していただと。
生ハムポテトサラダ、蓮根のはさみ揚げ、だし巻き玉子明太ソースの食べる順番が知りたかった。食べる順番次第では、彼氏にするかどうかの判断基準足りえたというのに。やれやれ。
俺が友達以上の関係を望んでいると分かったら、柊は食べるのをやめてくれるのかな。文化祭のときの柊が本気で俺に告白しようと思っていて、今日やっと遅れた返事をしてあげた場合。
あるいは「すぐにオッケーがもらえなかったから、気持ちが冷めた。彼女になんてできない」と言われることもあるだろう。その場合は、物理的に柊の記憶を抹殺する。「オタク友達としてなら付き合えるけど、恋人になれると思っていたなんて痛い」と言われたときも同じだ。
甘辛いはずのヤンニョムチキンが喉を刺す。
嫌だ。柊がオタク友達ですらなくなってしまうのは。そうなるくらいなら、友達のままでいい。柊と推し活を続けるために。
問題は、どうやって柊の今の気持ちを確認するかだな。
LIMEは論外。目の前に柊がいるのに、直接言わないなんて情けねーよ。
とりあえず、これだけは訊いておこう。
「なぁ。柊って今、か……かのっ、かの、じょ、いんの?」
うわあぁっ! 肝心のところで口ごもるとかヘタレかよ。
ラブコメのヒロインなら、もう少し上手にやれていたはずだ。これじゃあ、気になっていることがバレてしまう。
柊は首を縦に振った。
よかった。まだ俺にもチャンスはあるんだな。
「彼女になってほしい人なら、目の前にいるよ」
「ごふっ!」
可愛くない咳き込み方ですまん。イエスかノーの二択の答えが返ってくると思ったら、想定外の甘い返球が顔面にめり込んだ。二度とすれ違いを起こさせないという気迫を感じる。
柊はわずかに眉をひそめた。
「俺はね。付き合ってから雪にフラれる方が心配」
目の前に、涙をにじませるショタが見えた。やわこい頬を俺の胸に埋めてあげたい。どうしてこんなに愛らしいんだ? ショタにあるまじき低い声で、庇護欲を搔き立てないでもらいたいぜ。口角が上がらない状態でも、元気っ子がにぱぁと微笑みかけられたときと同じだけの癒しがある。唇の動き一つで、俺の視線は柊を離してやまなかった。
なぜ柊はありもしないことを不安に思っているのか。優しい声色に含まれた嘆きをはねつける。
「逆だろ。愛想がつかされるのはどう見ても俺の方だ。ユイリィか二次元のことを考えている時間が多いし、料理も家事も得意とは言えねーもん。優しくて家庭的な彼女には、一生なれない」
おいおい、自分のことをマイナス評価してどうするよ。柊に彼女として売り込むんじゃなかったのか?
乙女ゲームを何回もクリアしていても、自分の恋愛事情には全然役に立たないな。本心を押し殺してまで、好感度を上げたくはないから別にいいんだけど。
「それのどこが駄目なの? 俺は雪の中の一番になれなくても構わない。遠慮しないで推しを語ってほしいし、グッズにお金をかけてほしい。俺とは気が向いたら一緒にゲームしたり、イベントに行ったりする関係でいい。友達っぽい彼氏でいいんだったら、今のまま交際するのもありだと思う」
優良物件かよ。
二次元にかっこいいと連呼しても、嫉妬しないんだな? また似たようなグッズを買ってと、呆れ果てない?
理解力のあるオタク彼氏、最高では。恋愛に対する時間の使い方が合わないと、長続きしなさそうだもんな。
だからこそ、付き合い始めて同族嫌悪に陥られたら困る。引き返すなら今のうちだぞ。むやみに飛びつかず、しっかり考えて返事をするべきだ。
でも、柊が提示した条件は、俺としても助かる内容だった。毎週デートするのは疲れる。ほどほどの間隔で出かけたかった。
俺が答える前に、柊はとんでもない秘密を暴露した。
「あとね。雪は忘れているのかもしれないけど。見ず知らずの人を助けてくれた人が、優しくないなんて俺は思わないから。あのときに、俺の人生狂わされたんだよ」
責任取ってよね。直接言われなかったものの、そうとしか聞こえなかった。
ほんのりと耳を赤くする柊の方が、ヒロインに見えてしまう。
「とっ……ときめかせるなよ。柊のせいで心臓がうるさい。今日はまだ、あんまりしゃべってなかったのに」
「いつ気持ちを伝えようか考えてて、しゃべる余裕なんてなかったんだよぉ」
照れた顔を隠すように、お互いご飯を掻き込んだ。
「ねぇ、雪」
「おうよ」
こくりと喉を鳴らした。
「さっき注文しようか迷ってた、白桃のパフェ頼んじゃう?」
どーゆータイミングで訊いてるんだよ? てっきり俺の返事の催促だと思って、身構えてしまったじゃねーか。
「いいや。やめとく。結構お腹いっぱいになったし」
アクリルスタンドが買えるくらいの値段は躊躇してしまう。いくら父からの臨時収入を受け取ったからと言って、ぱーっと使うのはよくない。
柊は熟考してから、一口は食べたいか訊いてきた。そんなに俺と同じものが食べたいのかよ。可愛いな!
「食べるよ。食べたいよ。一口くらいは」
「そっか」
まずい。俺の言質が取れて、喜んでいる気がする。
運ばれてきたパフェは、当然のようにスプーンが一つしかない。柊はアイスと桃の果肉をすくい、俺の目の前に差し出した。看病シチュとか、デートのときにヒロインがよくしていた光景だ。
「あーん、して?」
二回目の間接キスは、案外早くやってきたな。アイスが溶けないうちに味見したいから、腹をくくるか。
俺の口から果肉がこぼれないように、スプーンの下で手を添えているのはありがたい。
俺は横髪を手で押さえ、素直な感想を述べた。
「クレープのときと違って、食事介助されてるみたいだな」
「雪がおばあちゃんになってもやってあげるよ」
はわわわわ。何十年も俺と一緒にいてくれるのかよ。しわだらけのイケボのおじいちゃんとか、今よりも声に渋みが増して、破壊力がさらにパワーアップしていそうだな。
「長生きしてね。俺とずっと推しについて語ろう」
「うにゅう」
しわが刻まれる度に、柊との幸せな日々も増えていったらいいな。
おしぼりで顔を隠した俺に、柊がふわりと微笑んだ。
「……ってな感じなことも、彼氏になったら不定期で口説きたくなると思う。それも踏まえた上で、お返事を待ってる」
「これが不定期とか死ぬど! つーか、どんだけ俺に甘いんだよ!」
「雪が自信を持って答えてくれた方が、嬉しいからね」
楽しそうにパフェを食べ進めていく柊に、俺は頭を抱えた。
「なぜにオッケーがもらえる前提なんだ?」
今の関係性に悩んでいたら、余計に訳わかんない展開へ突入してしまった。
お試し期間という認識でいいのかな。曖昧な関係をずるずる続けたために、仲がこじれるなんてことが起きませんように!




