8 忠誠の誓い
庭園に着いた私は、花を楽しみながら先にあるガゼボに連れていってもらう。
ガゼボに着いた私達は、イザベルに持ってもらっていたナイトリー・ソードを受け取ってからヴァルを見た。
「改めてお礼を言わせて下さいませ。ローレンツ殿、わたくしを助けて頂き、本当に感謝致します。
貴方の働きは、信頼するに値すると感じました。よって、その証として、貴方にこれを授けたいと思っています」
そうしてヴァルにナイトリー・ソードを差し出した。
ヴァルはそのナイトリー・ソードを見ると、僅かに目を細め、複雑そうな表情をする。
そんなヴァルの様子に、私は少しだけ心が揺れた。
これは過去にも渡した事のある剣だけど……やはり証の剣を渡すにはまだ早かったのだろうか……
そんな私の前でヴァルは突然跪き、忠誠の儀を始めた。
「わたくしヴァル・ローレンツは、シンディ・ウッドベルク王太子妃殿下に忠誠の儀をもって、いついかなる時も命を賭してお護りする事を誓います」
まさかこんなに早くヴァルから忠誠の誓いが貰えるとは思わなかった。
「え……と。無理に忠誠の誓いを立てなくてもいいのよ? 今回はあくまでわたくしが貴方を信頼出来ると感じたからその証を渡したかっただけで、貴方が忠誠を誓えると思うまで待つつもりだったし、もし思えないならその時はこの剣を返してくれてもいいかなと考えていたんだけど……」
「私が心から忠誠を誓うのは、貴方様以外有り得ません」
戸惑う私に、ヴァルはまっすぐに私を見つめ、迷うこと無く言い切った。
私は狼狽している事を悟られないように、必死で微笑みを保ちながら、ヴァルにナイトリー・ソードを授ける。
「貴方をわたくしの専属護衛騎士に任命致します」
「謹んでお受け致します」
私から剣を受け取ったヴァルは、胸に手を当て、最上級の騎士の敬礼をした。
ヴァルは元々美形の聖騎士として人気を博していた。
スラリとした長身で、鍛えられた体躯。
黒髪の短髪、透き通るような金色の切れ長の瞳。鼻筋がスっと通っていて、一見中性的にも見える。なのにいつも笑顔のない厳しめの顔つきは冷たい印象を与えるが、それもとても様になる。
敬礼しているその姿はとても凛々しく、見ていた私を始め、侍女たちやガゼボでお茶の準備をしていたメイド達の心を一気に鷲掴みにするのは当然の事だった。
その後はゆっくりと庭園に咲く花を愛でながら侍女たちとお茶をする。
ヴァルも誘ったが、頑なに拒否されてしまった。
いい気分転換が出来たことを喜びながら自室に戻った私は、部屋の前で待機していたサイモン様を見た途端に気分は急激に下がる。
「あ! やっと戻ってきた! シンディ! 私があれ程、君と話したいと何度も申し出ていたのに、何を呑気に散歩なんかに出掛けてるんだ!」
サイモン様は相変わらず自分の思いのみを私にぶつけてくる。
「ようやく起きあがれるようになったので、少し気分転換がしたかっただけです。
今まで全く動けなかったのですから、それくらい構わないでしょう?
まさか労りの言葉を聞くどころか、責められるだなんて思いもしませんでしたわ」
「あ、あぁ。すまない。起き上がれるようになって良かったよ、シンディ。少し話せるかい?」
サイモン様の行動を咎めるように冷たい視線でそう言う私に、サイモン様は、今更のように怯みながらそう言ってきた。
あまり先延ばしにしても仕方がないので、サイモン様を部屋に通す。
その時に、当たり前のように入ってきたヴァルを見て、サイモン様が眉をひそめてヴァルを咎めた。
「お前は護衛騎士だろ? 何故王太子妃の部屋に入ってくる? 部屋の前で待機していろ」
そう言うサイモン様に、ヴァルは全く動じすに私が先程授けた剣を見せながらサイモン様に言う。
「私は王太子妃殿下の専属護衛騎士に任命されましたので、部屋の中でも護衛出来る権限がございます」
「専属護衛騎士だって!? まさかもう任命したのか!?」
サイモン様は私に振り返り問うてきたので、私はしっかりと頷く。
「そ、それにしたって、部屋の中までの護衛は有事の時だけだ! 今はいらないだろう!」
サイモン様は私の返答に驚きながらも、ヴァルをしっかりと見据え、再び咎める。
「王太子妃殿下が望まれない面会だったようなので。王太子妃殿下が必要ないと仰られるなら、部屋の外で待機します」
表情一つ変えずにそう言うヴァルに、思わずクスッと笑ってしまう。
「いいえ、ヴァル。そこに居て」
ヴァルは、私がヴァルと呼んだ事に目を見開いて驚いていた。
サイモン様は、私がヴァルを外に出さなかった事に苛立ちを見せているが、そんな事は知らない。
「さぁ、サイモン様。こちらにお座りになって? わたくしは車椅子のままで失礼させて頂きますわ」
サイモン様はまだ何か言いたそうであったが、それよりも早く私に言いたい事があったのだろう。
ヴァルを睨みながらも、私に促されるまま席に着いた。