6 サイモンの思惑①
私が決心している間に、先程、ヴァルの様子を確認しに行った侍女が戻ってきた。
「ヴァ……わたくしを助けてくれた護衛騎士の様子は如何でしたか?」
危うく過去に呼んでいたヴァルの名前を言いそうになり、慌てて言い直す。
今回はまだヴァルと会っていないので、いきなり名前呼びは不自然だ。
「はい。流石は元聖騎士様だけあって、驚異的な回復をされ、すでに普通に動けるまでになっているそうです。
しかし、念の為にまだ安静にとの医師の判断にて、一週間の休暇となっております。
王太子妃様さえよければ、休暇が明けた際にはご挨拶に伺いたいと申しておりました」
「まぁ! 良かったわ! 一週間後でしたら、わたくしも少しは身体を起こせるようにはなっていると思いますから、ぜひ会って、お礼を伝えたいわ」
良かった。
ヴァルに大した怪我がなくて。
ホッとした私は、サイモン様との対峙の疲れと、先程服用した鎮痛剤のせいで、急に眠気に襲われた。
そんな私の様子に気付き、侍女たちに休むよう言われて、私はすぐに深い眠りに落ちていった。
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サイモンは焦っていた。
結婚式の日、咄嗟にシンディではなく、リリアを助けた事で、サイモンの権威は今や地に落ちていた。
さすがに結婚式の大勢の招待客の前で、妻となる女性を蔑ろにしたのはまずかった。
他国からも大勢の招待客が参列し、中にはとても重要な賓客も居た。
その人物はとても愛妻家にて、あの結婚式でのサイモンの行動には甚く立腹しているそうだ。
その人物に限らず、サイモンの取った行動によりリリアとの関係性を疑われ、苦虫を噛み潰したような顔で見るものは少なくない。
あの時、サイモンはリリアを助ける為に、エスコートしていたシンディの手を振り払ってリリアの元に駆けつけたと、見ていた招待客たちが証言している。
それにより、余計にシンディは勢いよく前に転げ落ちたのだとも。
実際、あの時サイモンは、自分がエスコートしていたシンディの手を振り払ったのかどうか記憶にない。
シンディのドレスの裾を持ちながら数歩後に続くリリアを、横目で意識していたサイモンは、リリアが倒れそうになった瞬間に、無意識に身体が動いていた。
その時、隣に居たシンディが階段から落ちそうになっていた事にも、全く気付いていなかったのだ。
もともとシンディとの関係性は、政略結婚の相手という印象しかなかった。
しかし、シンディから歩み寄ってきてくれた事により、少しずつ打ち解けていき、恋ではないが信頼出来る同志のような、穏やかな関係性が出来ていたと思う。
しかし学園に入り、リリアと出会った事でサイモンの気持ちは一変してしまった。
リリアに激しい恋情を抱き、またリリアもサイモンを慕ってくれる。
二人の仲は誰にも言えない。
その秘密がまた、より二人の仲を熱く燃え上げさせる要因となった。
しかし、サイモンにはすでに婚約者がいる。
サイモンは側妃腹だ。
シンディと婚約する事で王太子になれた。
だから絶対にエドワール侯爵家の後ろ盾は必要だったのだ。
その為、シンディとの婚約解消は絶対に出来ない。
シンディとは良好な関係を続けた上で、リリアとの秘密の関係も続けていた。
そしてシンディと結婚し、王太子の地位を磐石のものとした後で、リリアを側妃に迎えようと思っていた。
リリアには、数年待たせてしまう事にも納得してもらい、シンディと結婚してもシンディに子供が授からないように、こっそりと堕胎薬を飲ませる手筈も整えていた。
そうすれば結婚してから二年後には側妃を迎えられる。
その時にリリアを推挙しようと思っていたのに。
現在リリアは階段から故意にシンディを落として、命をも奪おうとしていたとの疑いで、貴族牢に入れられている。
そこには、サイモンへの恋情から嫉妬に駆られたリリアが、階段上を狙っての計画的犯行だとも疑われていた。
今リリアとの秘密の関係がバレると色々とまずい。
リリアとはシンディを通じて、シンディの友人として接していた事にしなければ。
そして今回の事は、あくまで事故であって、リリアが故意に犯行に及んだわけではないと証明しなければ。
その為にはシンディの証言が必要だ。
リリアはシンディの友人であり、今まで婚約者の友人として接していた事、そして今回の事も、リリアがシンディを害するわけはないと、故意ではないと発言してくれればリリアの疑いは晴れる。
シンディはリリアを一度も疑った事は無い。
自分とリリアとの関係性も全く気付いていない。
だから、シンディさえ意識を取り戻せば、友人であるリリアが疑われていると知ればすぐにでも証言してくれるだろうと。
そんな気持ちが逸り、シンディが意識を取り戻したと聞いた瞬間に、シンディの部屋に突撃してしまった。
しかもあろう事か、シンディの体調を尋ねる事もせず、開口一番にリリアの事を頼むのはまずかった。
しかも怪我人の両肩を掴んで揺さぶった時の自分を見る従者や侍女達の視線の鋭さに、ようやく自分の落ち度に気付いただなんて……
それだけリリアを思って焦っていたのだが、この事でシンディの機嫌も損ねてしまったのは、とても痛い。
「いや、もう少し時間をおいてから頼めば大丈夫だ。
シンディは私の言う事に今まで逆らった事などなかったからな」
自分にずいぶんと尽くしてくれた今までのシンディの言動を振り返り、その考えに至ったサイモンは安堵した。