5 新たなる決意
「そういえば、あの騎士様は大丈夫だったのかしら?」
ふいにそう言った侍女に、他の侍女たちも「ああ」といったふうに思い返す。
「そうですわね。王太子妃様を受け止められたあの騎士様も、相当全身を強く打っていたようでしたものね」
「でも凄いですわよね? 上段から転げ落ちてくる王太子妃様を、咄嗟に階段を駆け上がって受け止めるなんて、ちょっと想像出来ませんわ」
「勢いよく落ちてこられた王太子妃様を受け止めた後は、そのままの勢いで一緒に落ちてきたけど、王太子妃様を護りながら、衝撃を全て騎士様が受けられたのでしょう?
なかなか出来ることではありませんわ」
ん?
ちょっと待って?
騎士様って、どういう事?
「ねぇ、それは何の話なの?」
私がそう聞くと、侍女たちは
「あ! お伝えしておりませんでしたね……
実は階段から落ちてくる王太子妃様を受け止めた王太子妃様の護衛騎士がいるのです」
「あの騎士様がいらっしゃらなければ、もしかしたら王太子妃様は危なかったかも知れません」
ようするに、その騎士が私の命を救ってくれたって事?
あのまま落ちていたら、やはり私は死んでいた?
「そ、その騎士は今、どうしてるの? まさか死んでいないわよね!?
ねぇ、今すぐ確認してきて!!」
動けないなりに、必死でそう叫ぶ私に驚きながら、一人の侍女が「はい!」と返事をして駆け出して行った。
そして残る侍女たちに尋ねる。
「わたくしを助けてくれた騎士は誰?」
「ヴァル・ローレンツ様です。本来聖騎士だったローレンツ様は、志願して王太子妃様付きの護衛騎士になったと聞いております。
王太子妃様の結婚式の日が、ローレンツ様の初出勤だったのではないでしょうか」
ヴァル……
わたくしはまたヴァルに迷惑をかけてしまったのね……
特に私的な会話をした事もなく、ただ静かにいつも傍に居てくれた私の専属護衛騎士。
何度も回帰してきた中で、変わらずヴァルは私の専属護衛騎士になってくれていた。
そうか……今回もヴァルが私を護ってくれたのね。
そういえばヴァルは何故、聖騎士から私の護衛騎士に志願したのだろう?
今まで特に気にした事はなかったけど、聖騎士といえば、ほんのひと握りの選ばれし騎士しかなれない栄誉ある地位だ。
それを蹴ってまで私の護衛騎士に志願したのはどういう事なんだろう。
一度ゆっくり話してみたい。
ヴァルは無事なんだろうか?
心配で、早く聞きに行った侍女が戻って来ないかソワソワしながら待っていると、ドアの辺りが騒がしくなっている事に気付いた。
「騒がしいようだけど、何事?」
「確認して参ります」
私の問いかけにすぐに傍に居た侍女が確認しに行く。
開けたドアの向こうから、「困ります!」などの押し問答の声が聞こえてきた。
すると、突然ドアからサイモン様が入ってきて、部屋の奥のベッドで休んでいる私を見つけると、そのまま勢いよく近づいてくる。
「やっと気が付いたのか! 良かった! これで疑いが晴れる!
シンディ! 君からリリアが故意に君を階段から落としたんじゃないと、皆に証言してくれ!」
サイモン様は勢いよく私の傍までやってくると、私の両肩を掴み、軽く揺すりながら早口でそう言ってきた。
「痛い!」
キツく両肩を掴まれたせいで、痛みが骨折した右手や全身に響く。
それを見た侍女たちや、サイモン様に付いてきていた従者達が、慌てて私からサイモン様を離してくれた。
「王太子殿下! 王太子妃様はまだ絶対安静なのですよ!? 右手も骨折しているので、そんなに激しく肩を掴んで揺すってはいけません!」
私付きの侍女たちがそう言って、サイモン様と私の間に立ち塞がってくれる。
「あ、あぁ……すまない。色々と焦っていたから。
シンディ、悪かった。その……体調はどうだ?」
ようやく私の体調を気遣う言葉を発するサイモン殿下に、痛みを堪えながら冷たい視線を送る。
「先程目覚めたばかりで、まだ分かりませんが、今は起き上がる事すら出来ない状態なのは確かです」
自分でもびっくりするくらいの低く冷たい声に、サイモン様はビクッとし、気まずそうに
「そ、そうか」
と言った。
「この通り、わたくしは痛みで身動きひとつ取れない状態ですので、暫くは訪問を控えて頂けると有難いのですが」
先程の言葉ではなかなか出ていこうとしないサイモン様に向け、はっきりと出ていってほしい事を伝える。
サイモン様は逡巡していたが、痛がる私に侍女たちが鎮痛剤を勧め、服用している姿をみて、
「分かった。君の状態が落ち着く頃にまた出直そう」
と言って、部屋から出て行った。
「なんて非常識な! 王太子であろうお方が、まさかご自分の妻にこのような無体な事をされるだなんて!」
「王太子妃様、大丈夫ですか?
ご気分はいかがでしょう?」
有難い事に、侍女たちが私の体調を心配してくれる。
結婚式からの出来事で、侍女たちはずいぶんと私に同情してくれているようだ。
「ありがとう。サイモン様には、とても恐怖を感じたの。
貴方達がわたくしを守ってくれて、とても嬉しいわ。
元気になったら、ぜひお礼をさせてちょうだいね」
「お礼だなんて、とんでもございません! 私達は当然の事をしたまでですわ! 全く、王太子殿下があんな方だったとは」
「私達は、これからも全力で王太子妃様をお守り致しますから、どうぞご安心召されて下さいましね」
弱々しく私がそう告げると、侍女たちは力強くそう言った。
これでいい。
多分、この件もすぐに王宮中に噂が駆け巡るだろう。
ますます窮地に立たされるサイモン様とリリアの事を思うと、少しは胸がすく思いだ。
でも、まだまだこんなものじゃない。
私の最終目的は、サイモン様の失脚と、リリアへの断罪。
そして前代未聞の、王族との白い結婚の上で廃妃されることだ。
今までの流れをここまで変えてこそ、もしかしたらループしていた回帰も止められるのではないだろうか。
出来れば今回の回帰が最後であってほしい。
その為にわたしが出来る事は何でもする。
そう決心して、布団の中でこっそりと拳を握りしめた。